小説2 | ナノ


  忘却の杜


 記憶とは曖昧なものだった。
 たとえばいつからここに居るのか。その答えを出すことにすら今俺は戸惑っている。
 どうも記憶がこの樹海のような空間にいるだけで曖昧になるらしい。時間の経過と共にそれは酷くなっていく一方だ。そもそもここは何なんだ? 迷宮の一部?? それとも閉鎖された魔法の空間……? ダメだ。思い出せない。どうしてここに来ることになったんだっけ?
「ジュダル……なぁ、俺達どうしてここに来たんだっけ?」
 先を歩く長い黒髪のみつあみに問いかければ、その艶やかな髪を揺らしてジュダルが振り返った。切れ長のまるで宝石のような赤い相貌が不機嫌そうに細められた。
「はぁ? また忘れたのかよ。だからぁ」
 ジュダルが口を開いて、その言葉を一字一句聞き逃さないように耳をすませる。
「――だよ。――」
――ああ、やっぱりだ。また、聞こえない。
 ジュダルは何かを話している。それもこの事態を理解する為のキーワードか何かを。けれども、俺にはその言葉は聞き取れないし、意味が分からない不明瞭な言葉になってしまう。とても大事なことのように思えるのに。その言葉自体を俺が世界から失ってしまったみたいだ。
「お前、――に会いたいんだろ。だから、何もかも捨てて俺に頼み込んできた。忘れたのか?」
「……そう、だったな」
 言葉は失われてしまった。その誰かに対する記憶も思い出も。けれども、その誰かに会いたいと思って俺はここに来たんだ。
 会わなきゃいけない、その想いだけはまだ胸に残っている。
「にしてもうっとおしい森だなぁ。いっその事焼き払っちまえよ、
アリババクン」
「でも、そうしたらあいつにも会えなくなっちまうんだろ。まだ地道に探すよ」
 出口はどこかにある。必ずどこかに。
 その出口を見つけた時に、俺は失った言葉も思い出も全て取り戻すんだ。




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