小説 | ナノ


  こわれた鈴は鳴らない2


『ぶつかってを手にしていた瓶の水をかけてしまったのだとか』

 道のはしで鞭に打たれている少女を遠巻きに見ている女の一人が呟いているのが耳に入った。
  聞こえてきた理由は、人が人に鞭を振るうのに、十分な理由になんか思えなかった。

 そもそもこんな大通りで人目も気にせず鞭を振るう奴なんか、ロクな奴じゃない。人だかりに遮られて見えなかったけれど、音だけは確かに届いていた。関わらず通り過ぎようと、歩いていた時に人だかりの隙間からその様子が俺にも見えた。
  自分を護るように腕を上げて、地面にへたり込み震えている赤髪の少女。
  その少女に鞭を振るっているのは、黒髪の少年、だった。俺とそこまで年が変わっているようにも見えないが、背丈から年上なんだろうと思った。その少年が口元に浮かべられている笑みに気付いて、背筋が寒くなった。

――なんで誰も助けようとしねえんだよ!

 誰も鞭を振るっている少年を咎めないし、打たれている少女を助けようともしていない。少女の足に繋がれている枷と、少年がこの町でも有名な富豪の子息だからだろうか。それとも、少女が狩猟民族として名高いファナリスを思わせる赤い髪と瞳をしていたからだろうか。
  鞭は休むことなくふるわれているのか、少女の腕にも服から覗く足にも、赤いすじがいくつも残っている。酷い所は血も滲んでいた。

「やめろ!」

 気付けば俺は叫んでいた。その声に、少年は鞭を振るっていた手を止めて、俺を一瞥した。そして、すぐに俺を見て鼻で笑った。靴もはいていないボロをまとっている姿がどう見られているかなんて、すぐにわかった。

「なんだお前。汚いスラムのゴミが僕になんて言った?」
「やめろって言ったんだよ! その子が何をやったって言うんだ!」
「僕の服に水をかけてくれたんだよ。だから、お仕置きしているんだ。しつけは大事だからね」
「それくらいのことで鞭を振るって良い訳ないだろ!」
「いいんだよ。コレは僕の奴隷なんだから。僕のモノを僕がどう扱おうと勝手だろう。うるさいからさっさとどっかへ行ってくれないかな。スラムのゴミと話していると、こっちの口も汚れてしまうよ」

 そう言ってそいつは何事もなかったようにまた鞭を振りあげた。

 その瞬間、俺は走り出していた。走って、そのまま鞭を振るっていた少年に体当たりをかます。悲鳴を上げて勢いよく吹っ飛んでいった少年が道ばたに置かれていた壷にぶつかって、盛大な音が鳴った。

――ふざけんなよっ!

 俺にはその子が奴隷だとか、少年が富豪の子息だとか、そんなことはどうでもよかったんだ。女の子を鞭で虐げている少年がどうしようもなくムカついて、女の子をそこから助けだすことしか頭になかった。
  何が起きたかわかっていないのか少女は尻餅をついたまま驚いたように俺を見上げていた。少年は壺にぶつかったまま目を回している。やってしまった以上、やることは一つだけだ。
  頭を庇うように上げたままになっている彼女の手を取って、立ち上がらせた。

「君! 逃げるんだ!」

 その言葉に少女だけでなく、周囲の様子を見守っていた人々も息を呑むのがわかった。奴隷を逃がすことは重罪だ。けれども、富豪の少年に手を出したときから、もう後戻りはできない。

「……え……で、でも」
「早く!」

 手を繋いで走れば、女の子は俺についてきた。路地の細道に逃げ込めば、後ろの通りがあわただしく騒ぎ始めた。





 俺たちがいくつか隠し持っている隠れ家の一つに逃げ込めば、そこには誰もいなかった。本当なら家まで直接逃げ込んでもいいのだけれど、そこまで俺が逃げればカシム達にも迷惑をかけてしまう。重罪を犯してしまった自覚くらいは、俺にもある。

――自暴自棄に、なってたのかな。

 二日前、母さんが病気で亡くなった。一日目は悲しくて家から出られなかったけれど、スラムは働かない者が一日でも生きていけないほど厳しい場所だった。二日目はなんとか外に出て、靴磨きをして僅かばかりに食をつなげれた。けれども、母さんがいなくなった悲しみを誰かが癒してくれる訳でもない。
  そして、今日。たまたま彼女が鞭で打たれている場面に出くわした。地面に縮こまって、鞭に打たれている彼女を見て、病床にふせってばかりいた母さんが何故か頭にちらついた。止めようとして、口論して、気付いたら、鞭を振るっていた少年を突き飛ばしていた。

――捕まれば、どうなるもんだか。

「ここなら、すぐには見つからないから大丈夫だと思う」
「は、はい……」

 隠れ家はそんなに広くない。役人とかに追われた時用の緊急避難場所でもある。子供が四人もいればそれこそギュウギュウ詰めの場所だ。
  改めて向き直ると女の子との近さにこんな状況にも拘らず胸が高鳴った。

――年はマリアムくらいかな。

 今は座っているからわからないけれど、背丈の違いはそれくらいだと思う。顔は整っていて、一言で言うと可愛い。でも切れ長の瞳が、この子はかわいいというより美人さんに育ちそうだった。赤くて綺麗な髪は頭の後ろで一つに束ねられて小さなポニーテールをつくっている。それを改めて眺めて、俺は胸の奥が酷く痛むのを感じた。

――そうか、俺は。

 その髪型が、母さんと一緒だった。

「あの……」
「あ……わ、悪りぃ」

 ここに連れてきたのに黙りこくるのはナシだろう。そんなんだからお前は女にモテないんだとか、ここにはいないカシムの小言が聞こえた気がした。女の子の名前を呼ぼうとして、そういえば自己紹介もまだだったことに気付いた。

「えーっと……。俺はアリババ。君の、名前は?」
「モルジアナ、です」
「可愛いな名前だな」

 その言葉に彼女――モルジアナは表情をぴくりとも動かさなかった。失敗したかな、と自分の言葉に首を傾げつつ

「と、とりあえず、その鎖をどうにかしよう」

 そう言って部屋を見渡せば、追っ手撃退用に用意されていた鉄の塊が目に入った。





 部屋に置かれている、先のとがった鉄の塊。それをおもいっきり彼女の鎖へと叩きつけた。一度ではとれないから何度も何度も叩きつける。
  足かせに近いところの鎖に狙いをつける。それが外れれば、次はその反対と、部屋には金属と金属がぶつかり合うイビツな音がしばらく響いていた。
  両方とれるころには、俺は汗でびっしょりだった。手も擦り切れて血が滲んでいた。

「……俺には、枷まで外すことができないけど」

 首周りに巻いていた布をとって、それをさっき使った鉄で真ん中から二つに引き裂いた。その布を、枷の上からモルジアナの足に巻いていった。足の先までしっかりと巻けば、一見靴のように見える。枷の部分が膨らむけれど、多少のごまかしは効きそうだ。そもそも、奴隷は靴を履かせてもらえないことが多い。靴をはいているように見えるだけでも効果があるだろう。

「こうやって足かせを隠せば、とりあえずは奴隷ってことはごまかせると思う。ちゃんとした道具がある所に行けば、外せるんだろうけれどよ。それと、傷の手当てもろくにできなくて、ごめんな」
「あの……アリババさんは大丈夫、なんですか?」
「ああ、手のことか? 俺なら大丈夫だよ。こんなのすぐ直る」
「それだけじゃなくて、私を、逃がしたこととか……」
「気にしなくて平気だよ」

 モルジアナの不安を遮るように俺は精一杯虚勢を張って、力強く答えた。
  本当は大丈夫じゃないんだろうけど、助けたのに心配をかけるなんて格好悪すぎだろ。安心させるように頭をなでると、俺の言葉を信じたのかモルジアナは口元を緩ませた。
  彼女はここに連れてきた時から笑っていなかった。だからその笑顔が、とても綺麗に見えて俺は思わずぼーっと見とれていた。

「助けていただいて、本当にありがとうございます」

 深々と頭を下げるモルジアナに顔を上げさせるのは一苦労だった。




――奴隷が逃げることはとても重罪で死罪に値すると私は知っていました。それは、私がおかしな気を起こさないようにと、私の主であった富豪の子息がいつも口癖のように言ってましたから。

 赤い髪は目立つからと、ターバンで隠すことを勧められた。言われた通りに頭を隠して町を歩いた。誰も私のことに気づかない。とても、不思議な気分だった。
  鎖に繋がれていないというだけで足はとても軽くなった。これでアリババさんが言ったように枷も外せたらもっと軽くなるのだろう。

――けれども、私は奴隷を逃がすことがどんな罪になるのかを知らなかったんです。そんな人は、少なくとも私の周りにはいなかったから。





 数日も待たずして俺は役人に捕まった。靴磨きの客のフリをしていた役人に、手配書と見比べられてバレて掴まって、引っ立てられて、今は手首を綱で結ばれて道を歩かされていた。

――馬鹿やったよな。見ず知らずの女の子を助けて、罪を犯して。

 後悔はなかった。あの日から、もしかしたらこうなるかもしれないと、覚悟していたことだ。でも、カシムやマリアムにちゃんとした別れも言えず、心配をかけると思うと心苦しかった。

「ほら、さっさと歩け」
「言われなくても歩いてるよ。いってぇっ!」

 愚痴を言えば罪人の癖にと、後ろから蹴られた。後ろ手を縛られた縄が手首に食い込んで、痛みに顔をしかめた。そうして街中を随分と歩かされていた。
  罪人が歩かされているのをたまに見かけたことはあった。自分がそうやって歩かされることになるとは、思ってもみなかったが。

「なぁ。逃げた奴隷が捕まるとどうなると思う?」

 不意に、後ろを歩いている警使が呟いた。俺に対して話しているのは振り返らなくてもわかった。

「……俺が勝手に逃がしただけだ。あの子に罪はないだろ」
「何だ、お前。知らないで逃がしたのか?」

 知らない。答える言葉を持たず、俺は口を噤んでいた。体が勝手に震えているのがわかる。その間も、嫌な予感だけが募っていく。警使が続ける言葉を、聞きたくない。聞いてはいけない気がした。

「逃亡した奴隷は死刑にされる」
「っ!」
「奴隷の主人にも左右されるが、大体は見せしめの意味合いも含めて殺される。今回だって珍しい奴隷だからと言っても例外じゃないだろう」
「そ、んな……」

 最悪だ。最悪だろ。
  俺は、奴隷を逃がすことが重罪だって知っていた。でも、逃げた奴隷がもう一度捕まったらどうなるかなんて知らなかったんだ。
  脳裏に浮かんだおぞましい想像に肩が震えた。視界が暗くなりそうだった。

「そして、お前は」

 奴隷になるんだろうな。

 続けられた言葉は、聞こえてはいたけれど全く耳に入らなかった。
  モルジアナのことに比べたらどうでもいいことのように感じられた。





「その子はどのような罪を犯したのだ?」

 不意に、どこからか投げられた低く静かな声。
  傍らにいる警使が息を呑む中、自失状態になっていた俺はその声に対しのろのろと頭を上げた。





 カシム達に連絡をして、モルジアナを探してもらった。初めは警戒していたモルジアナも、俺の名前を聞いたら素直についてきたらしい。家の中にモルジアナが入ってきて、俺の姿を認めるとモルジアナの肩の力が抜けたのが見えた。用心深いのか全部を全部信じてついてきたってわけじゃなかったらしい。

「やぁ、モルジアナ」
「アリババさん。ご無事だったんですね」
「モルジアナもな」

 モルジアナを連れてきてくれたカシムに礼を言って、人払いを頼んだ。これでなんとか二人きりだ。見られると気まずい足かせも、余計な人間が目に止めずに済む。
  俺はモルジアナに足を見せてくれるように頼んだ。戸惑いながらも、モルジアナは足に巻いていた布を外していく。そして、現れた足かせに俺は手にしていた鍵を取り出して、その鍵穴に射し込んだ。
  モルジアナが息を呑むのが伝わってきた。ゴトリと思い音を立てて、それが床へと落ちる。そして、もう片足についている足かせも同じように俺は外した。

「これでもう君は自由の身だよ、モルジアナ」
「あり、がとうございます。ありがとうございます! アリババさん!」

 とれた足かせを見つめて、モルジアナが一筋の涙を流した。俺には奴隷の生活がどんなものなのかはわからない。けれども、モルジアナを見ていると足かせを外すことができて本当によかったと思えた。
  記録上はモルジアナの所有者は俺、ということになっている。実際に所有してすぐ解放しているから、所有していないのも同然なんだけれど、それをわざわざ伝えるつもりは俺にはなかった。意味もない。ただバルバッド上では顔を隠す必要も足を隠す必要もなくなったことを、簡単にモルジアナに説明した。富豪がモルジアナの所有権を放棄したと。
  その答え、動かない証拠が足かせの鍵だった。

「何てお礼を言ったらいいのか……」
「礼なんかいらないよ」
「でも、どうしてここまで私によくしてくれるんですか? 私にはあなたにお返しできるものなんて何もないのに……」

 ただ申し訳なさそうにモルジアナはうつむいていた。さっき見せた笑顔はどこへ行ったのか、辛気くさくなりそうな空気に、俺はあわてて手を振った。

「お返しなんていいって! 別に礼をしてもらいたくて助けた訳じゃないんだし」
「でも……本当にどうして、なんですか?」
「それは――」

 理由を説明しようとして、俺は思わず口をつぐんだ。

――亡くなったおふくろに似てたから、なんて格好悪すぎだろ。

「り、理由なんていらねえだろ。助けたいって思ったら勝手に体が動いていたんだ」

 嘘、ではない。言ったとおりだ。確かにキッカケはおふくろが被って見えたからだけれど、その瞬間は自分でも動いた理由がわからなかった。

「そう、ですか」

 そう言うモルジアナはどこか俺の答えに納得しているようには見えなかった。
  しばらくどちらも言葉を発しなかった。モルジアナは、何か考え込むように、押し黙ったままだ。

「……モルジアナ?」

 なんて声をかければいいかなんて俺にはわからなかった。ただ、名前を、おっかなびっくりに小さく呟やくと、俺の心配が伝わったのか、モルジアナはうつむきがちになっていた顔をゆっくりと上げた。

「自由、になってみるとわからなくなりそうです。これから先私はどうしたらいいのか。さっきまでは逃げきることしか、考えていなかったので、今は何も、浮ばないんです」
「……それなら――故郷。に帰ってみたらどうだ?」
「故郷、ですか?」

 考えてもいなかったのだと、俺の言葉をモルジアナはそのまま反すうしていた。

「ファナリスは暗黒大陸って呼ばれるところに住んでいる少数民族だって聞いたよ。珍しいのか俺も、モルジアナに会ったのが初めてだった」
「暗黒大陸……」
「知っているのか?」

 ゆるりとモルジアナは首を横に振った。

「いえ……。その、奴隷の時に主人がよく話していたので聞き覚えがあるんです。私は、そこがどんな場所なのか何も知りません」
「そっか。それならますます行ってみるといいんじゃねえか」
「?」
「だから、仲間を――自分と同じファナリスを探しに行ってみるのもいいんじゃねえか? ってことだよ。もしお前が周りに同じ民族がいなくて寂しいって思うところがあるなら、どこかにいるファナリスだって同じような気持ちなんじゃねえかな。きっと会いたいって、思っているよ」

 モルジアナが実際に寂しいって感じているかなんて俺にはよくわからない。でも、家族が傍にいないのはとても辛くて苦しいことなんじゃないかって俺は思った。この前おふくろが亡くなったばかりの俺には、できたら会いたいって気持ちがまだ残っている。モルジアナが物心ついた時には、家族がいなかったらしい。家族を全く知らないって、とても哀しいことなんじゃないか。って俺は思っていた。

「そんなこと、考えてもいませんでした。でも、きっと会えたら――すごく嬉しい、んだと思います」

――ようやく笑った。

「行き先、決まったみたいだな」
「はい。まだ漠然としていますが、故郷に、行ってみたいです」

 モルジアナの顔に先程の戸惑いはなく、代わりに柔らかい笑みが浮かべられていた。迷いは、晴れたらしい。



 それから、カシムとマリアムも呼んで四人で食事を取った。ことの顛末を話せば、カシムには考えもなしに動きやがってとたしなめられ、マリアムはモルジアナの赤い髪に興味津々で色々と話を聞いていた。その日の晩は、モルジアナも俺達の家に泊って、その翌朝早くに出発することとなった。
  早朝に出発するキャラバンに乗せてもらうらしく、まだ夜明け前だった。カシムもマリアムもまだ眠っている。もしかしたら、カシムは起きているのかもしれないけど、きっと俺に気を利かせて眠ったふりをしているんだろう。

「達者でな」
「アリババさんも、お元気で」
「この御恩一生忘れません。いつか、恩を返させて下さい」
「だから、そうゆうのはいいんだって。俺は本当に、大したことはしていないんだ」
「そんなことないですよ。あなたがあの時助けてくれなかったら、今のは私はいないんです」

 笑顔で旅立っていくモルジアナを見送って、安堵と共に俺は息を吐き出した。これで、ここでやっておかなきゃならないことは全部やった。



 モルジアナはああ言ってくれたけれど、俺にはまだ彼女に話していないことがあった。彼女が奴隷から解放されることになった話の顛末。昨晩の会話で、俺を褒めてくれる彼女の言葉に首を振りそうになるのを、必死に俺は我慢していた。

――だって、俺の力で君を助けられた訳じゃないんだよ。

 俺がどうゆう訳か知らないけど王の血を引いてたから、偶然俺も君も助かったんだ。そうでなければ俺は今頃君の代わりに奴隷になっているか刑を受けているかで、君は役人に捕まれば殺されていた。
  俺は、自分のエゴで君を危険にさらしたんだ。

 そう、自分が言いだしてしまいそうで怖かった。
  言えば軽蔑されただろうか。それとも、それでもまだ俺に笑顔を向けてくれただろうか。

 今となっては、モルジアナがどんな風に俺を見るかなんてわかることはできない。

 後ろを振り返れば俺がずっと住んできた家がある。俺がおふくろとカシムとマリアムと過ごしてきた、小さいけど思い出のある家。その家に、今度は俺がさよならと言わなきゃいけない。



 約束通りに俺は王宮に行かないといけない。



 それが、モルジアナを助けることの対価として俺が負った、条件だった。

 あの時、役人に連れて行かれる俺を引きとめたのは、あろうことか王の側近だった。その人は、どうしてか俺を探していた。スラムに行くと、姿が見えないことがわかって、その後カシム達から俺の普段の仕事場を聞いたらしい。
  俺が捕まった事情を知り、その人は奴隷の分の金を支払うことを富豪に提案した。
  富豪は相手が王族だと知ると、すぐにその条件を呑んだ。モルジアナの足かせの鍵もその時に手に入れた。俺が罪人として裁かれることも、なくなった。



――カシムに、話さねえと。

 俺がどうしてか王族で、王宮に行かなきゃいけなくなったって。
  でもどんな顔で言えばいいんだ? 俺だってこの家を離れたくない。カシムやマリアムと一緒に生活したい。でも、もうできないんだ。約束、してしまったから。

 気が重いまま、俺は再び家へと足を運んだ。このまま眠っているカシムとマリアムの隣でもう一度寝て、目が覚めたら全部夢だったってことになればいいのに。なんてことを、考えながら。

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