小説 | ナノ


  こわれた鈴は鳴らない1


「国に帰らない?」
「ああ。帰りたくても帰れないってのが本音だよ。王族の俺がいた所で、今のバルバッドじゃ邪魔者扱いだしな」

 こっちは元々スラム出身だっていうのになー。と大したことでもなさそうにアリババはぼやいている。
  何でもなさそうに言うアリババの様子もだが、アリババが言った国に帰らないという言葉が腑に落ちず、白龍は顎に手を当て黙り込んだ。
 
「どうした、白龍? そんなに意外だったか?」
「あ、いえ……。アリババ殿の状況は難しいものであることは知っています。けれども、こうしてカシュガンの共和政を学びに来ているので、てっきりツテがあるのかと思っていました」
「……ないことはねぇんだけれど、ちっと、な」

 頭をかいて、困ったようにアリババは首を傾けた。

「詮索されたくないのならこれ以上は聞きませんよ」
「いや、そーゆーことじゃねえんだけれど……。ほら、ここはさ」

 ちらりと周囲にアリババは目を配る。その仕草で白龍はアリババが言いたいことを大体察した。

――つまり、人がいる。と。

 ここは武芸の修練所だ。アリババと白龍だけでなく、カシュガンに身を寄せる人のほか、カシュガンの国民も使用している施設だ。白龍が煌帝国の皇子であり、アリババがバルバッド王国元第三王子であることを知っている人間もいるかもしれない。
  武芸の鍛錬をしているため、話声が聞こえるほど近くにいる人間はさほどいないが、用心にこしたことはない。

「続きは俺かお前の部屋で。ちょうど、この前の国会答弁について白龍の意見も聞いてみたいし、俺が国出た顛末も話してえし、色々と話さねえか?」
「それでは俺の部屋にしましょう。本国から茶菓子が届いたので振舞いますよ」
「やったーっ! お前んとこの菓子って美味しいから俺、大好き!」

 短刀を懐にしまって、アリババは満面の笑みでガッツポーズを決めていた。子供っぽい苦笑しつつ、白龍もまた自身の槍に布を結びつけていた。



 アリババと白龍が会ったのは一カ月前のことだった。
  アリババはバルバッドからカシュガンに亡命して一週間経った頃に、白龍と出会った。ちょうどアリババが落ち着いて周りを見ることができるようになった時だった。

 同じ政治や貿易を学ぶ為に来た同年代の世代というだけでは、ここまで親しくならなかったかもしれない。二人には武芸者という共通点があり、それがキッカケで互いに稽古相手を探して頻繁に会うようになった。最初は軽い手合わせ程度だったが、次第に力量が拮抗しているちょうど良い相手であることがわかり、勉学の後は武芸の修練を共にするようになっていった。
  白龍自身あまり人ととの交流が苦手であることと煌帝国の皇子という肩書きが、見事に人を遠ざけていたのだが、アリババは気にすることなく白龍に付き合った。それが良かったのだろう。白龍も次第に心を開いていって、今に至っている。



「そういや、白龍はあと一カ月はここにいるんだっけか」
「はい。予定ではそうなっています」

 茶を器に注ぐ音が部屋に響く。白龍が茶を入れている間に、饅頭をアリババは口に運んでいた。

「一カ月って長そうで割とすぐだよな〜。白龍と会ってから今がちょうど一カ月くらいだろ。楽しい分、早いって言うか。その後って、やっぱ寂しくなるんだろうなぁ」

 帰れる国があるやつってやっぱ羨ましいな。
  ぽつりとアリババが小さく呟いた言葉は白龍にも聞こえていた。思わず白龍も何かを言いたくなるが、言葉を押しとどめた。それ以上は踏み込んではいけない気がした。
  そう思うことは一度や二度のことじゃなかった。普段から明るい振る舞いをしているアリババにはどこかしら影があるのを、この一ヶ月間白龍は会話のところどころで感じていた。バルバッド王国が崩壊して間もないのだから仕方がないと、あえてその影を追及はしてこなかった。

――一カ月そこらしか、俺は彼のことを知らないんだ。触れられたくもないだろう。

 けれども、その話題を彼は自ら出してきた。白龍も知りたかったことだった。アリババのこともだが、バルバッド王国崩壊の事情はまだ詳しく知られていない。本国に持ち帰る情勢の情報は多ければ多いだけいい。

「そんなこと言って、アリババ殿は先程ツテがあるって言っていたではないですか」
「あるようでないようなもんだよ。……今バルバッドを治めている奴の名前、白龍は知っているか?」
「確か反政府軍の首領で、カシム、という名の男だったと聞いています」
「ああ、そいつ。俺の親友だったんだよ」

 その言葉に一瞬白龍は思考が止まった。

「……は?」
「ま、普通そうだよな。反応って」
「あ、いえ……。すみません。ちょっと待って下さい」

 そう言って白龍は口元に手をあてた。アリババに告げられた情報を整理して、自身の中にある情報と照らし合わせる。

――いや、だってそんなはずは。だとしたら、つじつまが合わないじゃないか。

「一つだけ確認させて下さい」
「おう」
「そのカシム、という人は、あなたを断頭台に送ろうとした人ですよね」

 記憶が間違っていないなら、そのはずだと白龍は思った。アリババはバルバッド王家で唯一生き残った王族だった。他の王族は混乱の中で反政府軍に殺された。残ったアリババも反政府軍に捕らえられ、断頭台に送られそうになった。だからこそ、アリババが言った言葉に真実味が感じられなかった。やむにやまれない事情があるとしても、友人を断頭台に送る人間はそういない。それも、アリババがあえて『親友』と言ったならなおさら違うのではないかと思った。

「ああ、そうだ」

 そう言って、へらりと笑ったアリババに白龍は眉をひそめた。

「色々とあってなんとか処刑は免れたけどな。それでカシュガンに亡命してきたんだけれど、その時にカシムとは約束したんだ。政情が落ち着けばバルバッドに戻れるよう手配するって。それが、『ないことはない』って言ってた俺のツテ。な。いつになるかわかんねえだろ?」

 だから伝手なんてあってないようなもんなんだよ。と続けて、アリババは笑っていた。その様子に白龍は対照的に眉間にしわを寄せていた。あくまでも明るく話そうとするアリババに、嘆息をつく。

「笑ってごまかす癖。止めた方がいいですよ」

 そう言えばアリババは笑うのを止めて、眉尻を落とした。
  一カ月という短い間だが、その中でもアリババのひととなりはある程度白龍もわかってきていた。他人のこととなれば自分の身の危険も省みず飛び出すのに、自分のことになると馬鹿にするような言葉を投げかけられても甘んじて受け入れる。後者の時に見せるのが、今白龍の前で見せたへらへらとした笑い顔だった。己が内側にある感情を、相手だけに出なく、自分自身にも誤魔化しているようなアリババの笑い方が白龍は好きではなかった。

「あなたとそのカシムという人がどうゆう関係なのかは知りません。でも、どうして俺にこんな話をしたんですか。反政府軍と王族が口約束とはいえそのような約束をしたなどと、外に漏れればバルバッドの国内に混乱を招きますよ」
「大丈夫だよ。大抵の奴はさっきのお前みたいに話を信じないだろうし、クーデターの様子を知っている人間ならもっと信じない。仮に情報が漏れて騒ぎになれば、俺を国に帰れなくすればいいだけのことなんだしさ」

 一呼吸置いてから、紡がれた言葉にまた白龍はため息をついた。

「それに白龍は口が堅いだろ」
「隣国の人間を信用するのはあまりおススメしませんよ」
「……お前って本当に良い奴だよな。だから、多分俺も話したくなったんだと思う。一人でずっと抱えているのが辛かったんだ」
「あと、自分を粗末にするのも大概にして下さい。本当は、帰りたいんでしょう。待つばかりではなく、行動を起こせば帰ることだって」

「それは、やりたくないんだ」

 言葉を、遮るようにアリババが言葉を紡いだ。その声音は低く静かで、白龍にそれ以上言葉を紡がせなかった。遮った時のアリババの顔がとても苦しそうだったから。
  間がいいのか悪いのか、時計塔の鐘が鳴り響いてきたのをきいて、二人は顔を上げた。白龍が入れたお茶もいつの間にか冷めていた。
 
「暗い話になっちまって悪かったな。外も暗いし、今日はお暇するかな」
「……アリババ殿は」

 言いかけて白龍は言葉に詰まった。

「ん、なんだ?」
「……いえ。辛いことがあったら溜めこまないで話した方が楽になる、と姉もよく言ってました。俺でよければいつでも話を聞きますよ」
「そっか、それじゃまた頼もうかな」

――アリババ殿はこの後どうするつもりか、なんて。

 アリババの背を見送りながら、問いかけられなかった自分が白龍はもどかしかった。

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