《シャンプー》
#01_兄貴代理:07




「弥生!」


 どうにもならない俺を救うかのように、神のようなタイミングで、葉月が店に飛び込んできた。


「お兄ちゃ…!?」


 がっ、と、弥生ちゃんを抱き締めて、深く息を吐く。

 屈んだままの俺に刺すような視線を投げ付けるけれど、今回ばかりは葉月のシスコンぶりに感謝だ。


「心配すんな。切るつもりねぇよ。シャンプーしただけ」


 走ってきたのか、葉月はまだ荒い息を整えるようにもう一度息をついて、天井を仰ぐ。

 おかげで、俺はようやく身体を元に戻すことができた。

 弥生ちゃんの顔は、葉月の胸の中。


「お兄ちゃん…何で?」

「智が電話くれたから」


 洗い立ての髪を撫で、愛おしむように弥生ちゃんを見つめる葉月が、羨ましいような、憎いような、微妙な心境。


「あの男と別れたのか」

「うん」

「驚かすなよ。髪切るとか言いやがって」

「…ごめんね」

「泣いてるかと思った」

「泣いたよ」


 でもね、と、弥生ちゃんは静かに葉月を見上げる。

 さっきまで泣いていたとは思えない程。

 顔を上げた弥生ちゃんは、涙で荒い流されたような清々しい笑顔だった。


「いい男は身近にいる、って、判ったからもういいの」

「俺のことか」


 口端に笑みを浮かべてあっさりそういうことが言えるのは、兄貴だからなのか、葉月だからなのか。


 まぁ、いいや。

 弥生ちゃん、笑ったし。




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