《シャンプー》 #01_兄貴代理:06 「なら、見返してやるんだな」 肩に新しいタオルを巻いて、シャンプー台から立たせる。 鏡の前の椅子を引くと、弥生ちゃんはすんなり腰をかけた。 「見返す? 彼を?」 「そ」 鏡の向こう、不思議そうな表情が、俺の動作を追っている。 「いい女になって悔しがらせるとか、彼よりいい男捕まえて見せびらかしてやるとかさ」 ふふ、と、今日初めての明るい声が聞こえて、俺は少しだけ安堵する。 「見せびらかすのって、いいかもね」 「だろ? 案外身近なとこに、いい男はいるもんだぜ」 ――俺とか、な。 と、口の中で言いながら、ドライヤーにスイッチを入れた。 モーター音に掻き消されて、最後の一言は聞こえていない、はず。 聞かれちゃ困るんだ。 なのに、口をついて出てきてしまった。 マズいな、俺。 乾いていく髪がさらさらと、指の間から砂のように零れていく。 ドライヤーを止めて、プラグを抜こうと腰を折ったとき。 「…そうだね」 「んー?」 「智くんは、いい男だよ」 予想外の台詞に動揺し、そのまま固まってしまった。 マジ、勘弁して――。 柄にもなく、顔に血が集まってくのが判る。 無意識ってホント困る。 その気もないのに、そういうこと言うなよな。 俺はずっと、兄貴代理だっただろ? ここで挙動不審になっちゃいけない。 そう思うのに、身体がいうことを利かなくて、プラグを掴んだ手が、微かに震える。 ホント、ヤバいんだって。 [*]prev | next[#] bookmark |