《シャンプー》
#02_オアシス:04




「別れ話とかしたの?」

「…した」

「それでいいの? 弥生ちゃん納得してんの?」

「相手の人…、に、妊娠したって言うんだも…」


 さっきよりも深く長いため息が、右側から聞こえる。

 呆れ気味な、やっぱり、とでも言いたげな智くんは、ソファの背もたれに身体を預けて前髪をクシャクシャと掻き上げている。


「でも、髪切ることねぇだろ。もったいねぇよ、そんな男のために切るなんて」

「そんな男でも、好きだったんだもん」


 お願いだから、切ってよ、智くん。

 いろんな感情が複雑にないまぜになった正体不明の涙が、膝頭をポツポツと濡らしていく。

 三度目に聞こえたため息は、今までで一番浅くて、吐き終わると同時に、右側から腕が伸びてきた。


「こんな泣いて…」


 流したい放題だった涙が拭われたのは、あたしが今日泣き始めてだいぶ経ってからだった。

 それは、拭う、という動作とは、ちょっと違ったかもしれない。

 智くんの手の甲は、あたしの頬を確かめるように、何度も上下に往復した。

 その手が、ぐっ、ときつく握られて、智くんが薄く微笑む。


「…シャンプー、しようか」

「へ…?」


 切ってくれる、ってことだろうか。

 頑なに拒んできたのに、どういう心境の変化?


「おいで」


 シャンプー台の準備をする智くんの背中が、あたしを呼ぶ。


 シートを倒されて、智くんが顔にガーゼをかけようとしたので、それを断った。

 智くんのシャンプーは、心地よすぎて、うっかりすると寝てしまいそうになる。

 ただでさえ泣き腫らして不細工なのに、そのうえ寝顔まで見られてしまったら、次にどんな顔をして会ったらいいのか判らない。


「それ、いらない」


 と言ったら、少し困った顔をしていた。




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