《Hot Chocolate》
#03_名誉挽回:03



「悪いことしたな、とは、これでも思ってるんだ」


 そんな言い訳じみた台詞を柳井に聞かせたところで、どうなるものでもない。

 手にしたシャープペンシルの芯を三回ノックして左手の親指で引っ込める、という動作を、さっきからせわしなく続けている柳井は、明らかに俺に対して怒りを滲ませている。


「センセー、知ってると思うけどさ、綿貫、転校すんだよ」

「…うん」


 そんなこと、判ってる。

 転出する生徒がいることは、去年の年末から職員室の話題にのぼっていたから知っていた。

 だけどその生徒の名前も学年も、うろ覚えどころか意識にさえなくて。

 綿貫を傷付けたあの日、自宅に帰ってチョコの包みを開け、箱の中に入っていた手紙を読むまでは、転出する生徒には申し訳ないが、それほどの興味がなかった。


「なんで綿貫が理科担当になったか、なんて、言わなくたって判るよね」

「…ああ」

「あいつ、学年末の物理、満点狙ってるよ」


 ――学年末テスト、先生の物理でベストテンに入ったら、デートしてくれませんか?


 内藤先生が以前、『理科が苦手な生徒は生物だろうが化学だろうが関係なくダメだったりするのが多いけど、綿貫は生物ダメなのに物理だけはいいな』と関心していた。

 それは俺も(例によって誰なのかは覚えていなかったが)関心した記憶がある。

 綿貫だったんだな。


 ああ、なんだか落ち込む。

 熱血教師タイプではない自覚はあったが、俺はこんなにもやる気に欠けていたのか。


「立場とかモラルとか、オトナの事情があんのかもしんないけど」


 音もなく立ち上がった柳井の身体いっぱい使ったため息が、部屋に充ちる。


「センセー、逃げんなよ」


 言い捨てて、「ごめん、コレ続き明日」と、スケジュールのプリントをくしゃりと掴み、柳井は静かに出ていった。



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