《Before, it's too late.》
#01_キス以上、恋人未満:12



「…なぁ、」


 お祭りの喧騒が、遠くに聞こえる。

 季一先輩が発した、呟くような小さな声は、その喧騒を押し退けて、クリアにあたしに届いた。


「もう去年の話になるけどさ、あんとき――…佐織は、彼氏はいない、って言ってたけど、もしかして、こう、なんつーのかな、彼氏じゃないにしても、心ん中に、誰かいたりする?」

「…な、んですか? 急に」


 どくり、と、心臓が裏返しになるくらいに大きく脈打つ。


「や、あー…、その、こういうとこは、やっぱそういう相手と来たかったのかなぁ、…とか、思ってさ」


 あぁ、やっぱり。夏目先輩たちを盗み見ていたのに、気付かれてたんだ。

 隣に座った季一先輩が、指を組んだ両手の上に顎を乗せて、チラリ、と、あたしに視線をよこす。


 あたし、ちゃんと“そういう相手”と一緒に、ここにいますよ。

 告げる勇気はない代わりに。


「あたし、今日、…季一先輩が誘ってくれたから来たんです」


 どんな風に、受け取っただろう。

 単に言われたとおりにした、とでも?

 あたしが季一先輩を好きなんだ、とは、気が付いてくれませんか?

 思わせぶりにもならない台詞を、失敗した、と、言った瞬間後悔した。

 また、泣きそうな季一先輩。


「――はは…っ、…そか、“一応”彼氏だし?」

「そ、そうですよー。“一応”彼女ですから。夏祭りにデートしてもい――…ッ、」


 …え、――!



 何が、起きたのか。

 突然目の前が暗くなり、最後まで喋ることができなかった。

 熱が、身体を包み込む。


「…だったら、デートでキスしたっていいよな」


 組んでいたはずの、季一先輩の左手はあたしの肩を抱き、右手は頬に添えられていて。

 あまりに至近距離過ぎて、季一先輩がどんな顔をしていたかなんて、あたしには判らなかった。



 打ち上げ花火の音は、連打する鼓動をうまく隠してくれただろうか。







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