《Love Songs》 #04_やさしく歌って:8 「なによっ」 「いや、何でも」 笑われているのに、あたしが気になったのは笑われていることじゃなくて。 その、笑い方。 額と左目を押さえる、癖。 あたし、見たことある。 記憶の片隅から、その光景がじわじわと掘り起こされて。 でも、いつ、どこで。 ひょっとして、あたしは、彼を知ってる――? 「ねぇ、あたしがお店に行ったの、最初から気付いてた?」 「何で」 「歌いながらあたしのほう見たよね?」 「さぁ?」 「もしかして、前にどっかで、会ったことある?」 「何だよその脈絡のない質問責め」 「だって、」 「新手のナンパ?」 「ちっ、違――」 まだ額と左目を覆ったまま、彼は肩を震わせる。 「ヒント、やるよ」 はぁ、と、笑い疲れたように大きく息をついて、彼はあたしに初めて優しい笑顔を見せた。 「じゃあな、――」 ヒントをくれる、と言いながら席を立った彼が最後に言い残したのは。 あたしが小学生のときだけ呼ばれていた渾名だった。 今日もあたしは、彼の歌を聴きに行く。 誰も知らないはずの闇を揺さぶられに。 やわらかく、息の根を止められに。 -------------------- A tribute to Roberta Flack “Killing me softly with his song” 初掲 2009.01.20. 改訂 2010.07.17. 悠 -------------------- [*]prev | next[#] bookmark |