《桜、咲く》
#05_元凶:03




 そんなことを思い出して、背中に一筋、嫌な汗が伝った。

 メモに向けた手を微かに引いた瞬間、警戒したことを見抜かれたのか、人懐っこい笑顔は熱が冷めるように引いて。


「――やっぱ、バレるか」


 その、気味が悪いほど無機質な声に、全身が粟立った。


 逃げなくちゃ!

 そう思っても、身体がいうことを聞いてくれず、立ち上がろうとした膝が震える。

 冷めた笑顔が嫌らしく歪み、メモを差し出していた手が、一瞬にしてあたしの口を塞いだ。


「――んんんうぅっ!」

「ちょーっと付き合ってもらうよ」


 振り払おうと藻掻いても、その手は外れることはなく、後ろから首に腕を回され、いとも簡単にベンチから引きずり下ろされる。

 ベンチから落ちた弾みで、お尻や腕や足を、何だか判らないものにしたたかにぶつけた。

 痛みと、恐怖が、急速に全身を支配していく。


「〜〜〜――――!」


 助けを求める声ごと、塞がれた口。

 いったい何が起きてるのか判らなくて、ただ怖くて、やたらめったら手足を動かして、暴れるしかできなかった。


 ただひとつ判るのは、この人は和紀くんの友だちでも知り合いでもなくて、あたしが何かされかけている、ということ。


「……っ、き…ゃ――ッ!」

「何だ、意外と抵抗すんね」


 手荒でごめんねー、と、悪いなんて欠片も思っていない声とともに、ドスッ、と、音が響いて、あたしのお腹辺りを重くて鈍い痛みが貫く。


「――ぅえっ、げ、ほっ…!」



 あたしの記憶は、そこから、ない。








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