《桜、咲く》
#03_初デート:16




 髪の下に手を潜らせ、首に廻す。

 細い首にうっかり指が触れると、ピクリ、と大きく肩が揺れた。

 腕の中にいる鈴が震えているのが、掴まれた腕から伝わってくる。


「…この距離だと、怖い?」


 震えながらも、鈴は、小さく頭を横に振る。

 それをいいことに、首の後ろで留め金を嵌めても、俺はそのままその手を退かさなかった。


「顔上げて、よく見せて?」


 身体だけ引いて、鈴を覗き見る。

 今まで見た中で一番真っ赤。

 ともすると泣き出しそうな目が、窺い見るように俺に向く。

 ホント、そういうのヤバいんだって。


「似合ってる」

「あり…が、と」


 聞き取れない程小さな声が、俺の鼓膜に突き刺さる。

 ああ、ダメだ。
 渦巻くモヤモヤが最高潮。

 とうとう我慢の利かなくなった右手が、鈴の髪に伸び、抱き寄せてしまった。

 二の腕にある鈴の震えも一緒に、胸の中に閉じ込める。

 何も言えず、ガチガチに緊張している、小さな身体。


「…怖い?」


 耳元で囁く俺の声も、若干震える。

 マジか、俺。

 童貞捨てたときだって、緊張なんかしなかったのに。


 鈴は身動きひとつしない。

 いや、できないのかもしれない。

 ドクン、ドクン、という、強い鼓動が、コート越しに届く。

 壊れてしまいそうなのに、腕の中から今にも消えてしまいそうで、そこにいるのを確かめるように、力を込めた。


「…嫌なら、突き飛ばして逃げて?」


 我慢なんかできるかよ。

 ひんやりした陶器のような頬に手を添えて、ゆっくりと猶予を与えるように、傾けた顔を近付ける。


「――…っ」


 何か、言おうとしていた。

 でももう、聞いている余裕がない。

 気付かないふりをして、言いかけた言葉ごと、そっと唇を塞ぐ。


 鈴は、逃げなかった。








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