《桜、咲く》
#03_初デート:03




「マスター、人相悪いから怖いだろ」

「そっ、そんなこと」


 今度は真っ赤になって俯く。

 ホント、見てて飽きない。


「人相悪いとか、聞き捨てならないな」


 豪快に笑うマスターに、さらに縮こまってしまう。


「お前…、何だ、これ。またケンカか」


 俺の口元の絆創膏を、マスターに指で弾かれる。


「ってぇ、」

「まったく、大概にしとけよ。…じゃ、少々お待ちください」


 オーダーを聞くと、マスターは似合わないウィンクをしてカウンターに戻る。


「ステキ…、ね」


 壁一面パノラマに広がる水槽の世界に、鈴が小さく感想を漏らす。


「うん、そう言ってくれて、よかった」


 他に客は誰もいない。

 マスター的には、あまりよろしくないのだろうけど、俺はこの店のそんなところも気に入っている。


「これ、何ていうの?」

「ん?」

「小さくて青いの」


 可愛い、と、細い指が追い掛けるのは、俺の一番のお気に入り。


「…ルリスズメダイ」


 ――うわ。

 いきなりそんな。


「奥に、」


 カウンターがL字に曲がった短い方を指差す。


「俺の水槽があんの」

「見てきてもいい?」


 頷くと、鈴は遠慮がちに奥へ進んだ。

 わぁ、と、小さな歓声が微かに聞こえてくる。


「やっべ…」


 バクバクと、波打つ程の鼓動が、俺を駆け巡る。

 俺が気に入っているルリスズメダイを、鈴も気に入った。


 たったそれだけのことが、子供のように、やけにうれしかった。




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