《桜、咲く》
#01_女を信用しない男:12




 案の定電車はラッシュで、毎朝のことながらうんざりする。

 鈴をドアの隅に押しやり、両手で囲うようにして空間を作ってやる。

 傍らには脂っこいオヤジや、チャラい学生ばかりで、牽制しているのか、鈴の表情が固い。

 まぁ、鈴から見たら、俺だってたいして変わらないんだろうけど。


 一駅停車するたび、俺の背中は人波に揉まれる。

 なるべく鈴に触れないようにと壁を支える腕が、圧迫に耐えるにはかなりキてる。


「そんなにしてくれなくてもいいよ」


 騒音に掻き消されそうな鈴の小さな声が、顎の下から聞こえてくる。


「心配すんな。あんたには触んないようにす…、わっぷ!」


 デカいスポーツバッグを抱えた体躯のいい野郎が、俺の限界を突き破った。


「悪い、…ちょっとだけガマンして」


 片腕をスポーツバッグに引っ掛けられて、俺の身体が傾く。

 壁から外れた腕は、鈴の肩に落ちた。

 押し合いへし合いの車内で、俺は期せずして鈴を抱き締めている格好になる。


「すぐ、どくから」


 真っ赤に染まってしまった鈴は、少し震えていた。


 そりゃ、さ。

 判ってるけど、さ。

 こんな反応初々しいなぁ、なんて思う反面、何となくショックを受けている俺がいて。


 俺はそんなキャラじゃねぇだろ…。

 鈴の鼓動が、ドクドクと早く打っているのが、ダイレクトに伝わってくる。

 つーか、毎朝ひとりでこんな電車乗ってんのか?

 そんな顔してたら、痴漢どころかお持ち帰りされてヤられるぞ。

 千裕さんが過剰に心配する気持ちも、判らないでもないな。


「…なぁ」


 声をかけただけで、ビクッと身体を波打たせる。


「怖い? 俺」


 そっと、微かに鈴の顔が上がる。

 けれど何も、言わない。


「…そりゃ怖ぇか」




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