《蛍の群れ》
#04_エピローグ:02



 先に逝ってしまうなんて。

 たったひとつ、臣人さんがついた嘘。


 恨み言のように呟けば、臣人さんが慌てて反論しに来てくれるんじゃないか、――なんてことを、未だに期待してしまう。

 線香の煙の向こう、永遠の微笑みを浮かべる臣人さんと、目を合わせてみた。


 “――…ちゃんと見守ってるよ”


「え?」


 空耳、だろうか。

 でも、確かに、聞こえた。

 光はもう自分の部屋に戻っているし、蛍たち夫婦も、法要に集まってくれた親戚たちと食事に出ているはず。

 嘘つき、なんて言ったから、臣人さんの声が聞こえたような気がしてしまったのかもしれない。

 広げたままにしていたアルバムに、そっと手を伸ばし、まだ若かった頃の臣人さんの輪郭をなぞる。


「…――あ、」


 その指先を照らすように。

 どこからか、蛍が迷い込んできた。

 淡く点滅する緑が、つかず離れずの距離を保って、指先を舞う。


「あなた、臣人さん、ね?」


 その蛍が臣人さんだ、と、根拠のない自信があった。

 ちゃんと、見守ってくれている。


「ごめんなさい。嘘つきだなんて」


 その言葉に返事をするかのように、蛍は指先に留まって羽根を休める。

 怒ってなどいないよ、と、臣人さんが笑う。

 そう、こんなときは笑うはずだもの。


「お庭に、戻りましょうか」


 指先から落とさないように、そっと立ち上がり、縁側へ続く窓を開けると――…。


「あらあらまぁ、どうしましょう」


 庭の小さな池の周りでは、緑色のイルミネーションを施したように、蛍の群れがチカチカと暗闇を瞬いていた。

 あの頃よく感じていた、胸が苦しくてドキドキする感覚が蘇る。


「臣人さん――…!」


 指先に留まっていた蛍がふわりと飛び立ち、ゆっくりと頭上を旋回して、池の周りの群れに戻って行った。



 初めて連れて行ってもらった公園で見たよりも、ずっとずっとたくさんの蛍の群れが、目の前に光る。


 それは、いつまでも色褪せない、臣人さんの愛。

 蛍は、臣人さんの永遠の愛の証。








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《蛍の群れ》

初掲 2009.08.19.
改訂 2010.11.18.

碓氷 悠




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