《蛍の群れ》
#03_いろんなこと:17



 そう、思っていたのに。


 “ちょっとしか”入らなかったそれは、静かに抜かれて、代わりに望月さんの腕が、あたしを優しく抱き締める。


「最初に、無理すんな、って、言ったろ?」


 ポン、ポン、と、背中でリズムを刻まれる。

 規則的なそのリズムと肌に直接感じる体温が、昂ぶっていた気持ちを落ち着かせてくれる。


「それとも、今日じゃないといけない理由でもある?」

「…ない」

「だろ? 焦んなくていいんだよ。少しずつ、な?」


 顔をあげると、望月さんの視線が降り注がれていた。

 でも、と、反論しかけて、それはあたしの一方的な気持ちでしかないことを、望月さんの目に諭された。


 ――…そっか。

 あたし、焦ってたんだ。

 望月さんへの気持ちに気付いて、気付いた途端、どうしようもなく、望月さんに近付きたくなって。


「どうしたの、あんなに恥ずかしがってたのに」

「…ううん」

「ごめん。俺が焦ったから、未来もつられて焦っちゃったんだな」

「焦っ…て、たの?」

「あー…、ハハハ」


 照れ臭そうにあたしの髪に顔を埋め、ぎゅっ、と、腕の力を強くする。


「正直に言えば、ね。無理矢理していいんなら、しちゃおっかなー、って、思わなくもない。でもさ、」


 あたしを腕に囲んだまま、望月さんが上体を倒す。

 偶然なのか、計算されていたのか。

 あたしの後頭部は、枕の真ん中に、ポスリと落ちた。


「ヤれればいい、って、いうんじゃない。未来を抱く、ってことに意味があるんだから。だから、無理にはしない」


 望月さんの体温と、あたしの体温が混ざり合う。

 呼吸をするタイミングが同じになる。

 ときどき、キスをくれる。

 それだけのことが、――ううん、それだけ、なんて簡単なことじゃない。

 こういうことが、大切なんだよね?


 だからほら、あたし、今すっごい充たされてるもの。




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