《蛍の群れ》 #03_いろんなこと:02 「雨、降りそうだな」 あたしに言ったのか、独り言なのか。 ポツリと呟かれた声に、顔をあげる。 フロントガラスの先を見つめる望月さんの横顔には、もう夕日が差していない。 「雨だと、蛍、見られないですか?」 「そんなことはないけどね。ほら、あの公園、足場が悪いし、なにより傘がないから」 病み上がりでしょ、って、さりげなく気遣かってくれる。 「雨の蛍も、それはそれで味わい深いと思うけどね」 窓の外は、薄曇り。 減速して高速を降りた車は、望月さんイチ押しのイタリアンのお店に向かっていた。 お店の外に連なる入店待ちの列を気にも止めず、望月さんは店員さんに名前を告げる。 すぐにテーブルに案内されたということは、予約してくれてたのかな。 石窯の前では、お店の人がピザ生地を宙にクルクル回している。 こういう本格的なイタリアンのお店に来たことがないあたしは、終始キョロキョロと落ち着きがなかったかもしれない。 運ばれてくるピザやパスタに歓声をあげるたび、望月さんの頬は緩んでいった。 「ごちそうさまでした! 美味しかったし、楽しかった」 「よかった。俺も未来ちゃん見てて、楽しかったよ」 クスクスと笑われてはいるけど、嫌な気はしない。 あたしが笑うと、望月さんも笑う。 それだけのことが、こんなに嬉しいなんて、知らなかった。 「そろそろ暗くなってきたし、公園行ってみようか」 歩いても行けるけど、と、望月さんはそれでも車にあたしを乗せる。 乗る前に、空を仰いでいたから、雨を気にしてくれているんだと判る。 「あたし歩いてもいいのに、」 「風邪ひかす訳にいかないからな」 俺は明日香に試されてる身分だから、なんて、おどけてみせるけれど、そんな望月さんの優しさは、あたしをさらに喜ばせた。 [*]prev | next[#] book_top |