《Hard Candy》
#07_コトバ:08



 巻き取ったチェーンごと、あたしを包み込んだのは、ふいに聞こえた優しい低い声と、4711ポーチュガルの甘い香り。


「ハァ…、澪、走んの早ぇよ」


 ガクリとうなだれた頭が肩に乗り、熱い息が喉にかかる。


「え、な…ぎ…?」

「何なの、さっきの」

「…」

「俺、そんなに澪を不安にさせてた?」


 宥めるように、言い聞かせるように、凪の声が耳元で響く。


「ごめんな、俺、ずっと考え事してて、澪が不安に思ってるかとか、気付けなかった」


 これは、何…?

 凪が、あたしを追いかけてきた。

 あたしは夢でも見てるんだろうか。


「…でも、嬉しかった」


 ふぅ、と、息をついて、凪は腕を緩めると、あたしの正面に回る。


「澪が、それだけ俺のこと考えてくれてた、ってことだろ? すげぇ、嬉しい。俺が一方的なんだとばかり――」

「――そんなことない」


 目の前にしゃがむ凪に手を伸ばして、あたしはその首に巻き付いた。

 ほら、やっぱりあたしは、凪の匂いで気持ちが落ち着いていく。



「…なぁ、澪」


 ふたり、並んで、ベンチに座る。

 手を繋いだまま。


「俺、さ。澪に、」


 言いにくそうに口篭る凪を見上げると、左耳のピアスが目に入った。

 そう、ピアスを空けてもらったことから始まった、あたしたち。


「俺、澪に、その…、言ってなかったんだっけ?」

「あ…」


 凪が何を言おうとしているのか、何となく判ってしまって、顔が熱くなる。


「判ってくれてるとばかり思ってたんだけど、…やっぱ、そういうの、聞きてぇもん?」


 ここで頷いたら、聞けるのだろうか。

 あたしが聞きたい、二文字。




- 71 -



[*]prev | next[#]
bookmark



book_top
page total: 90


Copyright(c)2007-2014 Yu Usui
All Rights Reserved.