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「あのエネルギー何処から出てくるんだろう?」
「魂の湖ですよ。純粋さというのは物凄いエネルギー体ですからね」
「純粋さ、ねえ…無縁だわカナシイことに」
「でしょうね」
「……なんか、レイ先輩に言われるともの凄い腹が立つ」
「そのように聞こえるよう言ってます」
「むかーっ!まあー?腹黒さではそりゃあ俺の方が圧倒的に負けるのは当たり前ですけどねえ?」
「そうでしょうね。貴方と私では圧倒的に場数が違いますから」


嫌味を言ったのに当然のように流され、なまえは再度溜息を吐いた。性格の悪さではきっと敵わない。流石は法律家というべきか。汚いことも平気で善として周りを認めさせる頭脳と手腕がある。だからこそ、この美食會で法外な給料で専属として雇われているのであるが。
きちんと挽いた豆からドリップしたコーヒーは冷めても香りが良く、こくりと飲み干してから立ち上がった。


「ご馳走様でした」
「仕事に戻るんですか」
「うん。ぼちぼち三虎さんのおやつの時間だから。紅茶いれてあげないとね」
「貴方が甘やかすから、仕事をしなくなるんですよ彼の方は」
「その分俺がカバーしてるでしょ?仕事多過ぎて可哀想なんだもん。うちのダディが八本腕でこなす量より仕事が多いんだよ?誰かが労ってあげないと。誰にでも限界はあるんだから。無論、あの社長にもね」


じゃあ、失礼。と言い残して食堂を出るなまえの背中に、レイは、それこそノブレス・オブリージュでしょうと冷淡な声で吐いた。力を持つものは、その力に見合うだけの働きをし、責任を負い果たさなければならない。
しかし現実、なまえが社長補佐として仕事をするようになってから会社としての利益は上がっていた。それも目覚ましく。三虎が面倒がってやらない裏からの手回しや横の繋がりでの有利なやり取りの、多忙を理由に杜撰にやっていた所をなまえが肩代わりしてやっているのだ。それを彼は適性だという。

ノブレス・オブリージュ。力を持つ者は、その力に見合うだけの責任を負い力を行使すべきである、という考え方。なまえはきっとそういうのもわかっていて、まだ爪を隠しているのであろう、とレイは思った。
彼が本気を出せば社長、副社長と同じ位の仕事はぺろりと熟せてしまうはずなのに、その肩書き通りの"補佐"に収まるだけの仕事しかしていないのは。与えられるだけの給料に見合った分"しか"仕事をしていないのだ。邪魔せず、しゃしゃり出ず、かと言って引き過ぎない。難しいラインも平気でライン上を綱渡りするその力量。いつか、彼がこの会社を率いるのだろうなとぼんやり思った。それか、彼は若くして死ぬかのどちらか。何となく、そんな気がする。


「社長、少し休憩に致しましょう」
「…、もうそんな時間か」
「はい。お茶を淹れましたのでどうぞこちらへ」
「その口調をやめろと何度も言っている」
「公私混同をしない為です。お許し下さい」
「気持ちが悪い」
「我慢なさって下さい。アルファロさまだと思って頂ければ。口調は同じはずです」


ワークデスクを離れた三虎が、かつては幼いなまえの為に用意された革張りのソファに移動してきて、なまえの淹れた紅茶に手を伸ばす。ボーンチャイナの丈夫で美しいティーカップ。まあるいポットからとぱとぷと注がれる琥珀色が、不透明な白の中で泳いで揺らめく。
モダン・グレイに箔押しでロゴがプリントしてある紙箱からケーキを取り出してプレートに出し、カトラリーを添えて差し出されるスイーツを眺めながら、ブラックティーを飲めば、ディンブラの芳醇な香りとすっきりとしたコク、程よい渋みがよく出た味がした。なまえは、紅茶を淹れるのが上手い。
そのなまえはもう一つのケーキを自分のプレートに出して、ソファではなく絨毯に直接座ってフォークを入れた。午後のティータイム。初めはなまえが三虎の休憩の為にケーキを買ってきて食べさせていたのだが、ある時から共にするようにという命令で毎日こんな調子で午後はお茶会だ。仕事の話、それ以外の話も結構する。
もともとは三虎のための休憩なのに、今ではなまえが三虎に色々と仕入れた情報を話すのに忙しい。寡黙に黙って聞いている三虎は、昔と同じだ。幼い頃、その膝に転がってあやしてもらっていた時と同じ。少し老けたとはいえ、その雰囲気は全く変わっていない。下から見上げるように伏せ目がちの不機嫌そうな無表情でケーキを突つく三虎を見やる。
眉を寄せて難しい顔をして、可愛らしいケーキをまくまくと頬張る社長。その豊かな黒髪に隠れている頭の中で今考えているだろう案件を探る。何件か思い当たる案件を自分でもピックアップしてみる。あれか、あれか、それともあちらか。ううむ。


「なまえ」
「はい」
「グルだらけの社長とセッティングしろ。貿易先でモメている件は私が話をつける」
「すぐに押さえます」
「お前もついて来い」
「承知です。あちらの強引な手口には対処済みです。それから、現地での不正の証拠も現行して集めております」
「中々尻尾を掴ませないだろう。あのタヌキ爺は一筋縄ではいかん」
「情報収集のプロを向かわせておりますのでご安心を」


当日には必ず、と約束してなまえは最後の一口をぱくりと食べた。からになったプレートやティーセットの片付けをして、歯磨きをしてから髪をまとめ上げ、社長室の片隅にあるデスクに戻る。書類の処理を始めている三虎を視界の端に捉えながら、三台並べたパソコンの画面を見つめて仕事を再開した。
貿易先、新しいビジネス環境を先に開拓して始めたのはこちらの方なのに、ある程度拓けたそこをまるで横取りの如く後から現れて邪魔をしてくる、グルだらけ(株)のモラルもマナーもなってない必死の様子はうざったい。金にモノを言わせて乱雑に、兎角労働力を得るようなビジネスの拡げ方は先の国の為にはならない。長期的な目で見てその国の資源を守り、生かして行かなければすぐに枯渇する。
グルだらけの社長の予定を押さえる為、相手方の秘書にメールで連絡を入れた。現地での会談の場を設ける旨と、時間と場所をいくつか指定して提案し、返事を待った。


**


会社が休みの土曜日。市内でも有名で大きい公園に現地集合とされたボランティアに参加する為、なまえはボギーをサークルに送り出した後のんびりと着替えて財布と携帯だけ入れたボディバッグを背負って家を出た。
ネイビーの麻チノパンはロールアップで足首を見せ、靴はウイングチップの明るい茶色、差し色にくるぶしソックスはライトグリーン。上は綿のシワ加工を施した開襟シャツでボタンは二つ外して赤いインナーを見せている。軽く腕まくりしたシャツに、濃い茶色の革ひものアクセを手首に巻き、反対手首には時計。髪は暑いのでポニーテールにして、ピンクベージュのティアドロップサングラス。
電車に乗って公園の最寄り駅からは徒歩で、駅の改札を出た所でレイと合流した。黒い細身のボトムに黒い靴、襟の高い白いシャツを着ただけのラフな格好も、レイ程すらりと背が高く怜悧な容貌を持っていればきちんと決まって格好良い。レイより自分が少しだけ背が低いのにむう、と唸ってから並んで歩く。

会社の人間が、ありきたりのベーシックの色ばかりを並べるスーツ姿を脱ぎ去って。それぞれに好きな色を、素材を、纏ってカラフルポップな一団に混ざる。
その中に入ってしまえば、レイとは離れざるを得ず、そして頭ひとつ分どころか肩よりも低い位置につむじの見える女の子達に囲まれて会話。市内でも有名な広い公園にレンタルのテントを張って、何かのイベントみたいにガスを引いた焜炉に大きな鍋、大きなフライパン。皆で食材を切って、刻んで、潰して、煮込んで炒めて集まるホームレスに配って。
食材は会社のツテで購入したようで、次第にホームレスだけではなく公園に遊びに来ている一般人にも配り始めた。実に、ボランティア参加人数54人、炊き出しは800人前分の材料が揃えてある。その中で、レイやなまえは見回りを行っていた。
食事を作るのは食堂のおばさま方が仕切っているし、自発的にばりばりと働く女性ばかりなのでむしろ何もやることがないくらいだった。わあわあと騒がしい場所に向かう。見るからに草臥れた服装のホームレスが、食事を貰って食べようとしていたファミリーにつっかかっているところだった。


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