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水曜日 「甘いものが無いとやっていけません」 時間は午後3時。13通りに出ていたお弁当屋も撤収して、ココとなまえはお得意先からの帰り道。 「甘いもの?」 赤信号の交差点で足を止めてココが振り返る。手にはアルマーニのジャケット。額にはうっすらと透明な汗。ココを見上げてなまえは頷く。 「スターバックスのフラペチーノ。モカ、グリーンティ、ああでもストロベリーチーズケーキも捨て難いです。今の時期限定なんですよね。それかピエール・アルマー二。夏季限定ソルベ」 「成る程。今は誘惑の多い時期なんだね」 横に並んだ若妻が、ココを見上げて頬を赤らめる。交通量はそこそこで、自家用車よりタクシーが目立つのは都心ならではの光景。ココとなまえの様な、営業帰りと思しき人もちらほらと居るけれど、ココ程の注目は集めていない。美形と言うのは損である。 「ストレスが堪れば、誘惑に靡きたくもなります」と、なまえ。 「そう言うものなのかい?」と、ココ。 「そう言うものですよ。ココさんでも身に覚えがあるでしょう?」 「さあ……。どうだったかな……人より自制心が強いからなあ」 「あーはい。そうですね」 信号機が青に変わって人の波が動き出す。ココに見惚れていた若奥様はパンプスのヒールを道の窪みに取られてあわや転倒――手前で、軍人上がりのナイスガイに支えられた。ラブロマンスの予感。 「スターバックスは近くにないみたいだが……」 「そんなあ」 なまえはココの後ろに付いて行く。背がやたらと高い美形は、人混みを歩く時に重宝すべきものだわ。と、思うなまえ。人混みからにゅっと飛びでている頭は良い目印だ。 綺麗な形の後頭部。しっかりと締まった筋肉が伺える広い背中。大学時代何かスポーツをやっていたとか何とか言っていた事を思い出す。内容を良く覚えていないのは、ベースボールやラグビーやクリケットのように、メジャーなものではなかったから。覚えているのは、その時に知り合った仲間が似た様な大男ばかりでよく四人で一組、馬鹿みたいに騒いでいたと言う青春の小話。 特筆して語るものを持たないなまえはそんな時いつも聞き役だ。 「この際ドトールでも構いません。喉が渇きました」 信号が点滅を始める。なまえのぼやきにココがくすくす笑う。 「よし。じゃあ少しだけ。そこの喫茶店で休憩してから帰ろう」 信号がぱたっと変わって、渡りそびれた人の足がはたと止まる。ココとなまえは人の隙間を縫って歩く。ココの提案に目を輝かせたなまえの足取りは、鳥の羽より軽やかだ。
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