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グルだらけのメンツは、30分遅刻して現れた。にたにたと余裕そうな社長と、弁護士らしき眼鏡の男と美人の秘書が二人。謝りもせず、席に着く。


「久し振りですな、美食會と食卓を共にするのは」
「…以前があったか?タヌキめ」
「ふぁっふぁっ!生意気じゃな、三虎の小童が。まーあ?相変わらずで何よりじゃ。腹の探り合いなんぞ時間の無駄、単刀直入に話そうか」
「それはそちらがチェツェルから手を引くという話であろうな」
「いんやぁ?まさか。そちらが手を引くという話じゃろうが」
「引く気は全くない」
「じゃあ戦争でもするかの?」


葉巻の煙を吐いて、ふぁっふぁっと笑う声になんとなく腹が立つが勿論顔には出さない。アタッシュケースの中のものをするりと取り出して、なまえはテーブルを滑らせてメールログの書面を向かいに座る弁護士らしき眼鏡の手元にやった。


「どうぞご覧下さいませ」
「…ッ、これ、は!」
「ありがとうなまえ。それは紛うことなくそちらの首脳部のメールアカウントですね」
「まさか密偵を!?無効だこんなもの!!」
「馬鹿をお言いでないですよ。そんな社内メールを密偵如きが確保できるとでも?そちらは当社にリークされたものです。当社がチェツェルを取りに掛かっているのを誰かがリークしたのと同じようにね」
「知らんのお、こんなものは」
「そちらの資料は時間と内容だけですが、それらのメール全てに発信履歴受信履歴もホストサーバーに確認は取れておりますよ。言い逃れは出来ないと思いますが…まあ、いいでしょう。では、此方は如何ですか。なまえ」
「はい。どうぞ、こちらも」


ひゅ、とテーブルを滑る書類の束。今度は写真つきの資料の色々である。美食會側の動きへの意図的な工作、破壊活動などの写真が並べられている。紛争を終わらせ、文化を保護し後押ししようと考える美食會と、紛争に勝ち得、食い物にしようと考えるグルだらけ。どちらがゆくゆく繁栄するかは一目瞭然なのに、引く気はないらしい。資料を出し尽くし、それらの説明などをレイと三虎に丸投げした後、なまえはノートパソコンを開いた。
グルだらけの意図は読めた。紛争に勝ち、この国にラインを作って裏ルートのものをチェツェルに流し込み、火薬を世界中にばら撒く気だ。貿易業をやっていると、武器や人身や麻薬などを扱うラインとぶつかり合ってどうしても折衝しなければならなくなったり、規模が大きいほど網の目をかいくぐり自分勝手に利用してやろうと近付いてくるものもいる。それらを対処する為に動く裏機関が勿論美食會にはあって、美食會という企業の貿易業の根底を支えてくれている者達がいる。
グルだらけは裏で武器の流通をしているし、ワルイなあとは思うけれど需要があるものを供給するということを責める謂われもないので関わらないよう避けてきた。が、今回のこのチェツェルという文化国家を損失するのは勿体無い。今争いを避けて手を引けばこちらの痛手も損失も少なく済むが、こちらが先に狙っていたものを横からぶんどられるのを黙って見過ごす程甘くない。マイナスかプラスなら、そのプラスを得ずして何がビジネスか。リスクは極力避けたいが、いざという時の大博打に自信を持って乗れなければ意味がないのだ。
やんややんやと弁護士同士が言い争うのを聞いていると面白い。法律的にも企業力的にも拮抗している為、どちらが有利ということもない。実際密偵を使って手に入れた情報は、警察の囮捜査と同じで法廷での効力は無いのだから。しかし。もとより、この場で話が着くなどとは誰も思っていない。それはきっと相手も。互いに裏で動かしているものの結果を待っていて、それを面と向かって突き付けて嘲笑う為にこの場が設けられているようなものなのだ。無論、法廷に立つ事になればあれらの証拠がきちんと効力を持つものだと証明する為の事実をでっち上げることになるだろうけれど、裁判は時間がかかるもの、そんなことは時間さえあれば容易だ。


「社長!」
「ん?何じゃ?」


女秘書の片割れがなまえと同じようにパソコンを開いていたのだが、彼女が顔色を変えて声を荒げた。こともなげにグルだらけ社長は返事をするが、差し出されたノートパソコンの画面を見るなりシリアスな顔つきになり、それからなまえを睨んだ。
カタカタとキーボードを打つなまえはその視線を気にも留めずに画面を操っていて、たんっとエンターを押してからやっと顔を上げた。
相手の秘書のもう片割れが激しく鳴り出した携帯をとるのに部屋を出、パソコンを見ておろおろする秘書からそのパソコンを奪った社長が何やらやり始めたのを見て、弁護士は何があったのかわからないまま唖然とする。論争が白熱して立ち上がっていたレイがすとんと着席し、ミネラルウォーターに口をつけた。


「ええいくそっ!今に見ておれ!小童どもが!!!」


転がるように椅子を蹴立ててグルだらけの社長が出て行った。秘書と弁護士がわけもわからずそれを追いかけていく。開けっ放しのドアから、食事を運んで来たウェイターが流石に困った顔をしてどうしようかとこちらを見た。


「あちらの方々はお帰りになりました。お食事は結構だそうです。申し訳ないのですが私たちの分と、あと遅れてくる二名分を追加で予定通りにお願いしても?」
「はい、かしこまりました。ではまずアペリティフにチェツェル唯一のワイナリー特産のスパークリングをどうぞ」


急に静かになった部屋でノートパソコンを閉じ、テーブルを片付けたなまえ達の前にグラスが置かれ、開けたての軽いフルーティなスパークリングが注がれる。
会談も何もなかったかのように、ただの食事が始まった。スパークリングの後、きちんと閉じられた扉からリモンとチェツェルの文化大臣が入ってきた。


「終わったんですね」
「お疲れ様、リモン。"会談は"、一先ずといったところだよ。ああ、どうぞお座り下さい、今夜はプライベートに、お仕事はお忘れになって食事をお楽しみ下さい」


リモンとチェツェルの大臣になまえが丸テーブルの向かい側の席をすすめ、座る前にと大臣と三虎が挨拶を交わしている間に、メイドが各席にカトラリーやディッシュなどを並べていく。


「あの流れでいったら、法廷だったね」
「無論法廷に出れば確実に我々が有利ですけれど。上手くいったんですか?」
「うん。ワルイコトしちゃったな〜とは思うけど(笑) 金融取引法違反で逮捕されちゃうなぁこれ、ってレベルで」
「貴方はデイトレード得意ですからね…」


まあ捕まるわけないけど、となまえは笑った。先程パソコンでは、グルだらけが持つ子会社(といっても実態と規模は親会社に比肩する)のひとつ、多額の資金を武器ルートに流している会社の株に高額で買い注文を出していた。しかも個人のトレードで扱う規模ではない額で。高額で取引される株、それを見て世のデイトレーダー達が今以上に値上がりするだろうと読んで株を買い求める。そうして不正に値上がりさせ、まだ世のデイトレーダー達が株を買いに走っている最中に買い注文を取り消す。いわゆる「見せ玉(ぎょく)」と言われる簡単な手口。
これにより一時的につり上がった高値で何ヶ月も前からいくつものアカウントに分け通常のやり方で普通に買っていた数千数万株を一気に売り抜け利鞘を稼ぎ、売ったあとに買い注文を取り消して今度は株価を暴落させ、会社自体の信用などを著しく下げ、更に株価の暴落によって未曾有の規模の損失をさせた。つまり、グルだらけの裏ルートから武器や支援を受けて隣国は紛争を仕掛けて来ていたわけだが、その支援自体を途端に継続できない状態まで落とした。パソコンひとつで。
勿論、法的に訴えられれば確実に負けるし、アカウントからパソコンユーザーを特定されれば確実に逮捕されることである。が、なまえのパソコンがそんなに簡単な仕様であるはずがない。電波は世界中の国家が管理する衛星やサーバーをその都度ランダムに選んでやりとりされ、追跡が殆ど不可能になるくらいの数を経由する。更にユーザーの存在しない架空のダミーパソコンを電波上に作り出し、それらひとつひとつを証券アカウントとして何百と持って扱っていた。勿論先程売り抜けた株を持っていたのはこのダミーたちである。売上、つまりは先程得た利鞘は現実的には誰の懐にも入らずに宙ぶらりん状態で、それは後でアシのつかないように回収する予定だ。そのダミーたちを一括で、しかもダミーのそれぞれがリアルに存在するトレーダーのように見せかける為に売り抜けのタイミングを操ったりする、その管理の為に特別にプログラミングしてあるのが、今手元にあるノートパソコンというわけだ。
動かぬ証拠を認め、レイの言うように損害賠償に応じていれば形だけは示談という体裁も取れただろうに、となまえは思った。そしてこれ程までの損害を受けることもなかった筈。素直に応じてさえいれば。


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