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12 Torsion
チン。
「さて。今回はどうかな?」
ぐいとカップのコーヒーを飲み干して、ボクは一人呟いた。 オーブンの扉を開けると、香ばしい温かい空気が部屋に広がっていく。 鉄板の熱さに注意しながら取り出したそれを、ボクはテーブルの上に静かに置いた。 焼く前にボクが並べたと同じ。でも程よく膨らんだ、真っ直ぐに並んだ捻られたスティック。 熱が抜けた物から籠に差し入れて。ボクは一人笑う。 籠には、隙間無く詰められたスティックパン。全部ボクが焼いた。
「さて。最後のもうひと焼きと行くか」
先に焼きあがった一本を口にくわえて。 馴れた手つきで生地を捻って鉄板に乗せた。オーブンに入れてフゥ、と一息ついたところで、外からボクを呼ぶ声がする。 「まだか〜!?ココ〜!」
「あとすこひ!」
バルコニーに出て、階下に向かってボクは大声で答えた。答えて思わず笑ってしまった。
「おま、マジでなまえに似てきたし!」 「じぶんれもしょうおもう」
あれから暫くして。
なまえはIGOからの依頼が入ったと言って、この建物を発った。 依頼が何だったのか、そして何処に向かったのか。何度か問い合わせたがIGOからの返答は無い。 世話役がいなくなった後、ボクらは3度、朝のミーティングをした。
トリコは頻繁にハントに出た。つい数日前も、とある獲物を追ってゼブラを誘って出かけていた。 一向に帰って来ない二人にボクは、果たして今朝のミーティングに間に合うのだろうかと心配していた。そんな心配も必要無かったようで、二人は開始時刻直前に戻って来た。大きな獲物を担いで。 『上出来だ』と労ったボクだったが、以前やったバーベキューの時になまえが持ち帰った獲物。それに手が届かなかった、と二人は早くもリベンジを考えているようだった。
サニーは相変わらずの低血圧だった。それでも、朝の集会には遅れなかった。 『…んか布団の中に気配を感じるんだし』と真顔で言われて、気味が悪いと言うより可笑しくて返答に困った。よっぽどのトラウマなのか?それとも懐かしいのか?茶化して聞いたトリコにサニーは少し考えて『どっちも』と答えた。
ボクはパンを焼き始めた。見様見真似で。
最初の頃は酷かった。まさかのボヤも出した。 幾度めかの失敗の日、あの時素直に教えてもらえば良かったと悔やんだ。きっと他の奴らもそう思っただろう。 それでも、ボクはパンを焼いた。 そしてそれでも、彼女のパンに程遠い物体を3人は文句を言いつつも口にした。 …そして、誰からとも無く。彼女の事を口にしては、あれやこれやと自分が体験した『なまえ』を話したりした。
ゼブラからあの日の事を聞いたのも、その時だった。 ゼブラらしい言い方だった。『チョーシに乗った奴に遅れを取った』……つまり、『手傷を負った』 かなり深刻だったらしい。足をやられて一昼夜動けずにいたら、なまえが来たそうだ。どうやら部屋の鍵が発信機になっていたらしい。頑丈なチェーンに付けられた鍵。皆、無理矢理首にかけられた。でもそれがゼブラの居場所を教えた。道理で『絶対手放すなよ』って言っていた訳だ。 忌々しそうにゼブラは言った。己の巨体を軽く担がれて、ついでにとんでもない事を言われたと。『逆立ちでも走れるようにしろ』 ボクの『練習してるの?』にゼブラは返事をしなかった。
ボクも、皆に話した。あの夜、彼女に言われた事を。 それでついボクは話の途中で『彼女』と言ってしまい……それを聞いた3人はきょとんとした。 ボクは『知らなかったの?』って、わざとらしく驚いてみた。3人の3人なりの反応に思わず笑ってしまった。 トリコはさほど気にしていないようだった。『じゃあ姉貴って呼ばないとなー』って言ってニカッと笑った。でもその後すぐに『…ん?彼女も有りか?』とか呟いた。本当に油断も隙もない。 サニーは『ありえんし!』って暴髪に地団太を踏んで嘆いていた。寝込みを襲われた時、鼻の頭にチュってされたらしい。『二度とやるな』って泣き落とした事を後悔している。今更だ。次はもう無い。 ゼブラは悶絶していた。助けられ、しかも此処まで担がれた相手が女性だったなんて、それはそれは屈辱だろうな。でも、『今度会ったらブッ飛ばす!』って吼えてる割に、耳が赤いのは何故?それに彼女の事だ。あっさり返り討ちにするかパンで上手く釣りあげるとボクは思う。 そしてボクは。なまえに言われた事を何度も思い出していた。
言葉は力を持つ。その者の、魂を乗せて。 己が魂を強く持て。必要となる日のために。
なまえは言った。その魂を乗せた言葉で。 だからボクが次に彼女に会う時。その時は『ボク』という魂の全てを、言葉に乗せて伝えたい。 今のボクでは、まだまだ力が足りないだろう。 だから……その言葉は、その日まで口にしない。
そして昨日。 会長からボクらに『一度戻って来んか』と連絡があった。 あぁ、いよいよか。いよいよなんだろう。 ボクは『分かりました』と答えた。そして今朝、3人にその事を告げた。誰も何も答えなかった。 かつてボクらは此処を目指し、4人で歩いてきた。真っ直ぐ、延々と。 そしてこれからは。 それぞれがそれぞれの方向を、だけど皆真っ直ぐ前を向いて歩く。この先の道を。青く広がる世界を。 想いは決して語られる事は無かったが、確かにそこに在った。
「リコ!もちっと上手く焼くし!」 「言われなくても分かってるよ!」 芝生の上での食事。此処に皆で集まるのはこれが最後かもしれない。 「ほら、良い感じに焼けて来たぜ〜」 「もっと炙れよ!匂いでヤツが戻って来るくらいな!」 本当にそうだったら驚くな。そうしたら『トリコか?』って言ってやろう。 「つーかココ!遅ぇぞ!」 「ぜぶりゃはうるはいね!」 「あっずりーぞ一人で食って!」 「なにおいまひゃら」 「レにも一本!」 オーブンの鳴るのを確認して、ボクは笑った。 「じゃぁさりー、とりにくるひ」 「『サリー』じゃねーし!」 本当にボク、彼女に似てきたな。
こんなボクを見たら、彼女は何て言うだろうか。 『ジェントルなココが好きなのに』って言われたら真っ先に謝ろう。 それとも『砕けたココみーつけた』って笑われるかもな。 まず、『オコチャマなココ』だけは避けたいところだ。 あ、『酔ったココ』はいつでも見られるよ。少しずつだけど、努力はしてる。 とにかく、安心して。
ボクらは、待っている。 何処にいても、何をしていても。
ボクは、待っている。 貴女に伝えたい事があるんだ。
だからボクは、今日もパンを焼く。 籠一杯の、パンを。
不意に、玄関のドアが開いた。 早いなサニー。食べたい一心で走って来たのか? そう思って籠を片脇に抱えてリビングを出た。
「………遅いよ………『トリコ』」
ボクは焼きたてのパンでその鼻先に触れた。
『籠一杯にパンを』 -I'm Full of You-
Thank You for Reading till the Last!!
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