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 うっすらと開いたまぶたの隙間から、白い天井が見えた。
高い位置にある窓から入る光が、部屋の奥を陽の色に淡く染め出したのを見ると、どうやら今は夕方らしい。
 意識が虚ろい、まだ夢の中に居たいと、上まぶたが微痙攣する。なまえは浅く、意識的に呼吸をすると、頭を沈めている枕の存在を確かめる様に首を小さく左右に動かした。
かさり、こそり、とシーツのこすれる音。細く、高く聞こえる自身の息。ストーブの稼働する振動。肌で感じる部屋の温かさ。
 半端な自我ではあるが、自分の存在が認識できた頃。

「あぁ、ようやく起きたか。」

 なじみある声で、起床を歓迎する言葉が聞こえた。穏やかな、その低い声を追ってゆっくりと、右を向く。壁。あぁ、違ったか。そう思い、左側に顔を向けると、木製の椅子に深く腰掛け手元に書籍を構えた、優形の聡明そうな男が視界に入ってきた。

「おはよう。時間的にはそろそろ、こんばんは。だがね。」

 そう言って、眼を細めると、目尻や頬に割とはっきりと皺が出来上がる。
 なまえはのそのそ、ベッドに横たえていた上半身を起こすと、伏し目がち(見ようによっては睨む様)に彼の方を見た。
それと同時に、頭の、前頭葉当たりが急に重たくなり、振り子の錘みたい大きく揺れ出した。
 寝起きの気だるさもあってか、視界も妙に安定しない。
 貧血にも似た浮遊感とこめかみの鈍痛。なまえは起こしたばかりの上半身を丸くして、こめかみに手を添えた。

「大丈夫か?」

 遠近両用眼鏡の向こうに、心配そうに覗き込む彼の優しい瞳が見えた。
 なまえが返事をしない所をみると、あまり大丈夫とは言いがたいらしい。
 手で自身の頭を支える気力が無くなってきたらしく、両膝を曲げ、山のように盛り上がった厚みのある掛布団に頭を預けた。
 枕よりも柔らかい羽毛布団が心地よく彼女の首から上を包み込み、脱力した両手がだらしなく、肩からぶら下がっている。
 おおよそ、みっともよいとは言えない姿を見かねて彼は

「ベッドフレームか壁に寄りかかりなさい。いや、壁は冷えてるからフレームの方が良いな。」
 
 と言った。
 彼の言葉を聞いてなまえは数秒の間、石のように動かなかったが、しばらくしてから芋虫の前進運動のように、その姿のまま後退していった。シーツが変な風に寄ってしまったが、気にしない。
 ようやく辿り着いたフレーム部分にもたれかかるも、まだ頭は重いままだ。下を向いていた頭を上に向かせると、また血の流れが変わったせいか一瞬意識が遠退く。

「で。私に、何か言う事は?」

 ぼんやりとした耳に届いた、突然の脈絡の無い言葉。
 なまえは、何の事かまるで判らない。それよりも、今はこの気だるさをなんとかしたい。
 しかし、彼はそんな事おかまい無しに続ける。
「まさか。覚えてないのか?」
 微笑みを保ったまま、彼の瞳孔が大きく開いた。
 やや、興奮気味の彼とは対照的になまえは、外に放置したマグロのように微動だにしない。
 半ば呆れたように、ため息をつくと、視線を彼女に合わせて

「そうか。なら、順を追って話そうか。」




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