次の週、見かけたマルフォイは薄笑いを浮かべていて、四人は気になって仕方なかった。マルフォイが誰かに告げ口する前に、ドラゴンをどうにかしなければいけない。暇さえあればハグリッドのところへ行って説得をしようとしたが、ハリーが「外に放せば?」と促しても、ハグリッドの返事は頑なだった。
「そんなことはできん。こんなにちっちゃいんだ。死んじまう」
 ……何がちっちゃいって?
 フェリシアは眉をひそめてドラゴンを見た。ドラゴンはこの一週間ですでに三倍に成長していた。おそらく、この小屋に入らない大きさになるのもそう先のことではないだろう。以前は火花が飛び出すだけだった鼻の穴からは、今はしゅうしゅうと煙が出ている。
「この子をノーバートと呼ぶことにしたんだ」
 そう言ったハグリッドは、潤んだ目でドラゴン──ノーバートを見つめている。今のハグリッドは、何を言ってもちっちゃな可愛いノーバートのことしか考えられないに違いなかった。その証拠にこの一週間は家畜の世話の仕事もろくにしていなかったし、床の上にはブランデーの空き瓶や鶏の羽が散らかったままだ。
「もう俺がはっきりわかるらしいよ。見ててごらん。ノーバートや、ノーバート! ママちゃんはどこ?」
「狂ってるぜ」ロンが囁いた。
「困ったママちゃんだよ」すり寄ってくるファングを撫でてやりながら、フェリシアも呟いた。「ファングはちゃんと餌をもらえてるのかな」
「ハグリッド、二週間もしたら、ノーバートはこの家ぐらいに大きくなるんだよ。マルフォイがいつダンブルドアに言いつけるかわからないよ」
 ハリーがハグリッドに聞こえるように大きな声で言う。
「そ、そりゃ……俺もずっと飼っておけんぐらいのことはわかっとる。だけんどほっぽり出すなんてことはできん。どうしてもできん」ハグリッドは唇をかんだ。
「それじゃあ、一体どうするの? ノーバートを引き受けてもらえるような当てでもあるの?」
「それは……」
 フェリシアが問うと、ハグリッドは口ごもった。きつい言い方になってしまったかと悔やんだが、ハグリッドは考えが甘いのではないかとムッとしたのは確かだった。
「ねえ、ハグリッド──」
「チャーリー!」
 突然、ハリーが叫んだ。驚いて振り向くと、ロンも目を丸くしてハリーを見つめている。
「君も狂っちゃったのかい。僕はロンだよ。わかるかい?」
「違うよ──チャーリーだ、君のお兄さんのチャーリー。ルーマニアでドラゴンの研究をしている──チャーリーにノーバートを預ければいい。面倒を見て、自然に帰してくれるよ」
「名案! ハグリッド、どうだい?」
 ロンもフェリシアも賛成し、説得の末、とうとうハグリッドもチャーリーにふくろう便を送ることに同意した。


 その次の週は、一日一日が過ぎるのがやけにノロノロとして感じられた。水曜日の夜、みんながとっくに寝静まっても、ハリーとハーマイオニー、フェリシアは談話室に残っていた。ハグリッドの所へ、ノーバートの餌やりを手伝いに行ったロンを待っていたのだ。ノーバートはどんどん大きくなっていて、今では死んだねずみを木箱に何杯も食べる。フェリシアは少しでも早くノーバートをチャーリーに預けたくて仕方がなかったが、チャーリーからの返事はまだ届いていない。
 掛け時計が零時を告げたとき、肖像画の扉が突然開いて、何もないところからロンが現れた。ハリーから借りた透明マントを脱いだのだとわかっていてもびっくりしてしまう。ロンの手が血だらけのハンカチにくるまれているのを見てますます驚いた。
「噛まれちゃったよ」
「大丈夫なの? 医務室に行ったほうが……」
「行けるわけないよ! マダム・ポンフリーになんて説明するんだい」
「でも、放っておいたら……うーん。ちょっと待ってね。……エピスキー!」
 フェリシアは杖を取り出して、呪文を唱えた。
「どう?」
「血は止まったみたいだ、ありがとう……でもきっと一週間は羽ペンを持てないな。まったく、あんな恐ろしい生き物は今まで見たことないよ。なのに、ハグリッドの言うことを聞いていたら、フワフワしたちっちゃな子ウサギかと思っちゃうよな。やつが僕の手を噛んだのに、僕がやつを恐がらせたからだって叱るんだ。僕が帰るとき、子守唄を歌ってやってたよ」
 ロンがしかめ面で言ったとき、窓を叩く音がした。ヘドウィグがチャーリーからの返事を持ってきたのだ。ハリーが急いでヘドウィグを中に入れ、四人で手紙を覗き込む。喜んでノルウェー・リッジバックを引き受ける、という一文にフェリシアはホッとした。
 チャーリーは、土曜日の真夜中、一番高い塔へノーバートを連れてくるように、と書いていた。そこで、チャーリーの友人にノーバートを引き渡すことになる。真夜中にベッドを抜け出すのは校則違反だが、法律違反のドラゴンを前にして校則がどうこう言ってもいられない。「透明マントがある。僕ともう一人とノーバートぐらいなら隠せるんじゃないかな?」とハリーが提案すると、あのハーマイオニーでさえもすぐに同意した。それぐらい、ここ一週間は大変だったのだ。
 しかし、翌朝、また大変なことが起きた。ロンの手が二倍ぐらいの大きさに腫れ上がってしまったのだ。ノーバートの牙には毒があったようで、昼過ぎには傷口が気持ちの悪い緑色に変色し、これ以上放っておくのは明らかに危険だ。マダム・ポンフリーの所へ行くのを渋っていたロンだったが、こうも悪化してしまってはためらっていられない。午後の授業が始まる前に、フェリシアに引っ張られて医務室に駆け込むことになった(「野良犬に噛まれたことにしよう。きっとその犬が何か病気をもっていたんだって、私もマダム・ポンフリーに言ってあげるから」)。
 その日の授業が終わったあと、三人で医務室に飛んでいくと、ロンはひどい状態でベッドに横になっていた。
「手だけじゃないんだ」
 ロンが声をひそめた。
「もちろん手の方も千切れるように痛いけど。マルフォイが来たんだ。あいつ、僕のことを笑いに来たんだよ。何に噛まれたか本当のことをマダム・ポンフリーに言いつけるって僕を脅すんだ──犬に噛まれたってフェリシアが言ってくれたんだけど、たぶんマダム・ポンフリーは信じてないと思う──クィディッチの試合の時、殴ったりしなけりゃよかった。だから仕返しにこんな仕打ちをするんだ」
「土曜日の真夜中ですべて終わるわよ」
 ハーマイオニーがロンを慰めようとして言ったが、それは逆効果になった。ロンは跳ね起きたかと思うと、すごい汗をかきはじめた。
「土曜零時! あぁ、どうしよう……大変だ……今、思い出した……チャーリーの手紙をあの本に挟んだままだ。僕たちがノーバートを処分しようとしてるってマルフォイに知られちゃう」
 とんでもないことだったが、フェリシアたちが何かを答える暇はなかった。マダム・ポンフリーがやってきて、ロンは眠らないといけないからと三人を追い出したからだ。


 マルフォイにバレてしまったのは厄介だが、今更計画を変えることはできない。チャーリーに手紙を送る暇がないし、もしも手紙を送れたとしても、協力してくれるチャーリーの友人のこともある。日を改めることは難しいだろう。
「こっちには透明マントがあるってこと、マルフォイはまだ知らないし」
 ハリーが言うのを聞きながら、ハグリッドの所へ行くと、ファングが尻尾に包帯を巻かれて小屋の外に座り込んでいた。
「まさか、ファングも噛まれたんじゃないでしょうね?」
 フェリシアが駆け寄るとファングは控えめに尻尾を振り、フェリシアの掌に鼻先を擦り付けた。すっかり悄気ているように見える。
「中には入れてやれない」
 頭の上からハグリッドの声がした。ハグリッドが窓を開けて、中から三人に話しかけていた。
「ノーバートは難しい時期でな……いや、決して俺の手に負えないほどではないぞ」
 チャーリーの手紙の内容を話すと、ハグリッドは目に涙を溜めた──もっとも、ノーバートが脚に噛みついたせいかもしれなかったが。
「ちょいとブーツを噛んだだけだ……じゃれてるんだ……だって、まだ赤ん坊だからな」
 その直後、赤ん坊ノーバートが尻尾で壁を叩き、窓がガタガタと揺れた。どう見たって、じゃれているなんて言葉で片付けられるほど可愛いものではない。三人は一刻も早く土曜日が来ることを願いながら城へ帰った。


 そして、土曜日はやってきた。しかし、ノーバートを抱えた上で三人も透明マントに隠れるのは難しい。無理やり全員でマントを被ったはいいものの誰かの片足がはみ出していた──なんてことになったら大変だ。計画を実行するのは、透明マントの持ち主であるハリーと、身長の近いハーマイオニーの二人ということになった。
 フェリシアは二人が談話室を出ていくのを見送って寝室に引っ込んだが、とても眠れるような気分ではなかった。あの二人は上手くやるだろうか。いけすかないマルフォイのやつが、余計なことをしてくれなければいいけれど──
「あら、フェリシアだけ? ハーマイオニーは?」
「まだ戻ってないのよ。あなたと一緒かと思ったんだけど」
 ラベンダーとパーバティが欠伸を噛み殺しながら尋ねた。フェリシアは一瞬ぎくりとしたが、すぐに取り繕って、ごく自然に首をかしげてみせた。「うーん、見てない。そういえば、今朝から顔色が悪かったから、医務室にいるのかも」
「そう……風邪かしら」
 パーバティがそう言うと、ラベンダーも納得したようだった。それ以上は何も聞かれなかったので、フェリシアはほっと胸を撫で下ろし、自分のベッドに潜り込んだ。
 とても眠れないと思っていたのに、ふかふかのベッドはいとも簡単にフェリシアの眠気を誘った。いつの間に眠りに落ちたのだろう、深夜になってハーマイオニーが泣きながら戻ってきたことにも気づかず──ぐっすりと眠りこけ──フェリシアが顛末を知ったのは、日がすっかり昇り、真夜中の出来事が噂として広がり始めてからのことだった。

150610
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