フェリシアの十一歳の誕生日はあっという間にやって来た。待ち望んだはずの十一歳の誕生日をこんなにも複雑な気持ちで迎えることになるなんて、いったい誰が想像しただろう。
 のろのろと起き上がって適当に服を着替え、フェリシアは欠伸のような溜息のような息を吐き出しながらリビングへ向かった。きっとテッドとアンドロメダがフェリシアを待っている。
 思った通り、二人はリビングにいた。「おはよう」とフェリシアが声をかけると、揃って優しい笑顔を浮かべる。
「おはよう、フェリシア。お誕生日おめでとう」
「うん、ありがとう…………パパ、ママ」
 妙に空いた間に、二人は少し不思議そうな顔をした。
 もしかしたら自分はこの家の子供ではないのかもしれない。そう思い始めてからというもの、フェリシアは今までのように素直にパパ、ママと二人を呼ぶことができなくなった。しかし、二人はフェリシアの考えていることを知らない。真実も分からないのに、急に呼び方を変えることもできない。そんなことをしたら二人は間違いなく仰天するだろう。いったいどうしてと尋ねられたら、フェリシアには上手く答えられる自信がなかった。
 そして──さらにそれ以前の問題で──考えてはみたものの、他にどう呼べばいいのやら全く思いつかなかったのだ。何しろフェリシアが覚えている限りずっとフェリシアのパパはテッド・トンクスで、ママはアンドロメダ・トンクスだ。どんな呼び方も、今更馴染めるはずがない。
 もやもやした気持ちにまた溜息が出そうになって、フェリシアは慌てて口を押さえた。今日という日に溜息だなんて、いよいよ不審に思われてしまう。フェリシアはさも欠伸をしている振りをして、必死で誤魔化した。
「まだ寝惚けているの?」
 どうやら上手く誤魔化せたようで、アンドロメダはクスクス笑いながらフェリシアを抱き締めた。物心着いたときから知っている匂いが鼻の奥をつんとさせて、涙が出そうになる。幸い、抱き締められていたおかげで誰にも気づかれなかった。
「今日は十一歳の誕生日よ。あなた、あんなに楽しみにしていたでしょう」
「うん──とっても嬉しい。夏になったら、ホグワーツから手紙がくるんだよね?」
「ええ。手紙が届いたらダイアゴン横丁に行きましょうね。一年生は必要なものがたくさんあるわよ。教科書はもちろんだけど、ローブも杖も──」
「おいおい、二人とも気が早いよ」テッドが笑いながら言った。「まずは、今日のお祝いだろう?」
「ええ──そう、そうよね。私ったら、つい」アンドロメダも笑って言った。「でもまだ少し先の話だったわね。今日は、十一歳の誕生日だわ」
 もう一度二人からおめでとうの言葉を贈られる。フェリシアもまたありがとうを言ってはにかんだ。
「まあ、もうこんな時間。そろそろ朝食にしましょう──あら?」
 アンドロメダが窓の外の何かに気がついた。フェリシアも首をひねって外を見る。茶色の何かがこちらに近づいて来ていた。
「ふくろう?」
「きっとドーラからだわ。フェリシア、窓を開けてあげて」
「わかった」
 ようやくアンドロメダがフェリシアを離したので、フェリシアは二人に気づかれないようにほっと息をついた。それから窓に手をかける。よく見るとふくろうは包みを持っていた。だとするとやっぱりドーラからなのだろう。包みはフェリシアへの誕生日プレゼントに違いない。
 窓枠に上手に止まった凛々しいふくろうから手紙と包みを受け取ると、ふくろうは催促するようにホーと鳴いた。
「ちょっと待っててね」
 フェリシアは一旦手紙と包みを置いて(差出人はやっぱりドーラだった。しかし『ニンファドーラより』とは書かないところがドーラらしい)、戸棚からふくろうフーズを取り出した。どうやら残り少ないらしく、やけに軽い。そろそろ新しいものを買うべきだなと思いながら、ひとつ摘まんでふくろうに投げてやる。ふくろうはそれを上手に嘴でキャッチして、満足げに帰って行った。
「ドーラから?」
「うん、ドーラからだった」
 アンドロメダがテーブルに朝食を並べているのを横目に、フェリシアは手紙を開いた。


親愛なるフェリシアへ
元気でやってる? 私は相変わらずよ。
そんなことよりお誕生日おめでとう。
今はホグワーツからの手紙が待ち遠しいって感じ? 私もそうだった。
でも、誕生日はちゃんと楽しんだほうがいいわ。手紙はそのうちいやでも届くんだから。
それじゃ、また夏にね。
愛をこめて ドーラより

追伸 ホグワーツからの手紙だけじゃなくて、私の帰りももちろん待っていてくれるでしょ?


 フェリシアは目をぱちぱちさせて、何度か手紙を読み返した。『手紙はそのうちいやでも届くんだから』なんて──まるでフェリシアの頭の中を覗いて書いたみたいだ。
「ドーラはなんて?」
「えっ? アー……誕生日おめでとう、ホグワーツからの手紙はいやでも届くから誕生日を楽しんでって」
「あら。ドーラはフェリシアのことをよくわかってるのね」
「うん、そうみたい。……私って、そんなにホグワーツからの手紙を待ちきれないように見えてた?」
「そりゃあね。ドーラの見送りのたびに早くホグワーツに行きたいって愚図っていたじゃないか」
「だって、ドーラがいつも楽しそうに話すんだもの」  ドーラのいかにホグワーツでの生活を満喫しているかがわかる口振りを思い出しながら、フェリシアは手紙を丁寧に畳んでテーブルに置いた。今にフェリシアも、あんな風にテッドたちに話して聞かせるようになるのだろうか。
「あっ、そういえばまだ包みを開けてなかった」
「早く開けてごらん」
「そうする。でも、たぶんこれって──ああ、やっぱり!」
 綺麗にラッピングされた包みを開けると、出てきたのはハニーデュークスのお菓子の詰め合わせだった。一度誕生日に貰って気に入ってから、ドーラは毎年これを送ってくる。今年でかれこれ四年目だろうか。好きなものだから何度貰っても嬉しい。にこにこしながら席に着くと、テッドもアンドロメダも同じようににこにこしていた。
「お菓子の前に朝食よ」
「わかってる!」
 誕生日はちゃんと楽しんだほうがいい──ドーラの言う通りだ。十一歳の誕生日は一度しかないし、十一歳になったことは素直に嬉しい。誕生日と関係のないことで悩んでいるのはもったいないように思えてきて、フェリシアは元気よくベーコンにかぶりついた。

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