フェリシアは、同じ年頃の子供よりずっと大人びた子供だった。近所に歳の近い子供がいなかったことや、少し不器用でそそっかしい姉を見て育ったことが影響しているのだろう。はしゃいだりふざけたりすることはあっても、ほかのその年頃の子供と比べればなんてことはない、姉のときはこんなものではなかった(「まったくあの子ときたら、誰に似たのかしら」)というのが両親の口癖だった。
 フェリシアは頭も良かった。まだ十一歳になっていないので学校へは通っていなかったが、読み書きを覚えるのも早かったし、物事を理解するのも早かった。
 父はよく「フェリシアはきっと優秀な魔女になる」と言って笑った。
「フェリシアがホグワーツに入学したら、寮はレイブンクローかな」
「レイブンクロー?」
「ホグワーツには四つの寮があることは前に話したね。レイブンクローはそのひとつだよ」
「ああ、ええと──頭が良い人が組分けされるところ?」
「その通り。よく覚えていたね」
「覚えてるよ。ドーラも話してくれたから。……でもどうかなあ、私より頭の良い子はきっとたくさんいるし──それに、私、寮なんてどこでもいいな」
 フェリシアがそう答えると、父は──テッドは意外そうに目を丸くした。
「どうしてだい?」
 多くの子供たちは、自分がどこの寮に組分けされるのかをとても気にする。あの寮がいい、あの寮は嫌だ、あんな寮に組分けされたら一体周りになんと言われるか──多かれ少なかれ気にするものなのだと、そう言われても、フェリシアにはぴんとこなかった。困って首を傾げたフェリシアに、テッドは慌てて言った。
「いや、気にしないことが悪いんじゃない。むしろそれはいいことだと思うし、周りに流されずに自分の考えを持つことはとても大切だ。……フェリシアは、どうしてどこでもいいと思うんだい?」
「私は──仲良しの友達ができて毎日が楽しいなら、どこでもいいって思うの」
「そう……そうか。そうだね。まったくこの子は、本当に……」
 本当になんなのか、テッドがそれ以上言葉を続けなかったのでわからないが、頭を撫でる手がびっくりするほど優しかったので、フェリシアは気にしないことにした。きっと悪い言葉は続かないだろう。見上げた顔は怒っているように見えなかったし、自分の考えを持つことはとても大切だと、テッド自身が言ったばかりなのだから。


 もうすぐ十一歳の誕生日を迎える頃になって、フェリシアはあることを不思議に思い始めていた。むしろどうして今まで不思議に思わなかったのかが不思議なくらいだった。
 フェリシアは、フルネームで呼ばれたことがない。
 フェリシアたちの母のアンドロメダは普段はとても優しいが、だからといって全く怒らないわけではないし、怒るととんでもなく恐い。そして、叱るときはファミリーネームまできっちり呼ぶ。姉のドーラは決してお行儀がよいとはいえなかったので、休暇でドーラが家に帰ってくると最低一度はキッチンから「ニンファドーラ・トンクス! お願いだから大人しくしていてちょうだい!」と鋭い声が飛んだ(休暇前に寮監の先生からドーラの規則破りの報せが届いていたときなどは、逆にぎょっとするほど静かな声で 「話は聞いていますよ、ニンファドーラ・トンクス」と言って有無を言わさず椅子に座らせる)
 フェリシアはドーラよりお行儀がいいといわれていたが、それでもちょっとした悪戯くらいすることはあったし、それが行き過ぎて怒られることもあった。しかし、よくよく考えてみると、「いい加減になさい! フェリシア・トンクス!」などと言われたことは一度もないのだ。アンドロメダはどんなに怒っていても、ドーラを叱るときのようにフェリシアをフルネームで呼びつけることはしなかった。
 それから、もうひとつ気がついてしまった。
 フェリシアは自分の名前は教わったが、ファミリーネームは教わっていない。
 物心着いたときに理解していたのは自分がフェリシアであるということだけで、両親も姉もトンクスだったから自分もトンクスなのだろうとフェリシアが勝手に覚えただけだ。一般的にどうやって小さな子供に名前を覚えさせるものなのか知らないが、これは少しおかしいのではないかと思った。
 今まで不思議に思わずにいられたのは、あまり人付き合いをする機会がフェリシアにはなかったからだ。近所には歳の近い子供も魔法族もいなかったから仕方がない。たまにどこかへ出掛けるにしても必ず両親のどちらかは一緒にいるので、誰かに会えばたいていは父が「私の娘だ。こっちがニンファドーラで、こっちがフェリシア。二人とも、ご挨拶して」と言い、フェリシアはこんにちはを言うだけで済んでしまう。自分で名乗る機会など、皆無に等しかったのだ。
 もしかすると、自分はトンクス家の子供ではないのかもしれない。フェリシアはそんなことを考え始めていた。
 もしもファミリーネームを教わらなかっただけなら──あるいは呼ばれないだけなら──こんなことは考えなかっただろう。しかし、フェリシアはいやでも知っていた。フェリシアはトンクス家の誰とも似ていないのだ。
 ドーラは七変化だから別としても、両親は七変化ではない普通の魔法使いと魔女だ。テッド・トンクスの明るい色の髪や瞳、アンドロメダ・トンクスのライトブラウンの髪に青みがかった瞳──フェリシアは何も似ていない。フェリシアの髪は真っ黒で、瞳も灰色だ。目の形、鼻の高さ、何をとっても似ていない。
 小さい頃はそれを不思議に思うこともなかったが、出会ったことのある両親の知人は皆、「驚いた、二人とも全然似ていないんだね」というものだから、似ていない家族は普通ではないのだとわかってしまった。「そうなんだ。驚くことに、七変化でね」という素っ気ないテッドの返事も、今思えば誤魔化すための文句としか考えられない。テッドは、ドーラとフェリシアのどちらが七変化なのか、いつも明言しなかった。


 幸か不幸か、フェリシアはもうすぐ十一歳になる。それに合わせてホグワーツからの手紙が届くはずだ。きっとそこに答えがある。
 宛名がフェリシア・トンクスならそれでいい。
 しかし、もしも、フェリシア・トンクスではなかったら──たとえばフェリシア・スミスとかフェリシア・カーターとか──知らないファミリーネームがくっついていたら。
 フェリシアはもう何年も心待ちにしていたホグワーツからの手紙が急に嫌になった。ホグワーツにはもちろん行きたい。ドーラから話を聞くたびに、ホグワーツへの憧れを募らせてきたのだ。手紙が届いたらきっと嬉しい。しかし、もしかしたらと思うと怖かった。うじうじせずに、テッドかアンドロメダに訊いてみればいいのだとわかっていたが、それもやっぱり怖かった。
 いくら歳のわりに大人びているとしても、フェリシアはまだ、ようやく十一歳になるくらいの子供なのだ。

150707
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