全員の組分けが終わり、ダンブルドアの簡潔かつたいそう個性的な挨拶(「わっしょい! こらしょい! どっこらしょい!」)も終わると、フェリシアたちは一瞬で大皿いっぱいに現れた料理に夢中になった。
 少しずつ自分の皿に取り分けていると、横からぬっと伸びてきた手がフェリシアが取り分けた料理の上にまた別の料理をのせた。そして、あれもこれもと増えていく。呆気にとられているうちに皿の上がこんもりとしてきて、フェリシアは慌ててその手を掴んだ。
「ちょっと待って! フレッドだかジョージだかわからないけれど、私はこんなに食べないってば」
「そうかい? 夢中で取り分けていたから、 相当腹ペコなのかと思ったんだけど。ちなみに僕はフレッドだ」
「いくら腹ペコだったとしても、私はそんなに大食いじゃないの。……で、フレッドって言った? それじゃそっちにいるのがジョージ?」
「その通り」
 皿をフレッドから遠ざけながら、フェリシアは二人の顔をまじまじと見た。何度見てもどこから見ても瓜二つで、どうやって見分けたらいいのかわからない。
「おっと、そんなに見つめられちゃ穴が空いちまう」
 ジョージがおどけて言った。フレッドもにやにやと笑っている。
「そんなに見つめても、見分けられるようにはならないぜ」
「なにしろ親でも間違えるくらいでね」
「まあ、そのほうが僕たちには好都合だけどな」
「どうして?」ローストチキンを口に運びながら訊ねる。「悪戯の幅が広がるからさ!」二人はぴったり同時に答えた。
「お前たち、また何か悪巧みしてるのか?」
 そのとき突然会話に入ってきた声にびっくりして声のしたほうを見ると、目の前の双子と同じ燃えるような赤毛が見えてもう一度驚いた。先程ロンがグリフィンドールに決まったとき、立ち上がって声をかけていた人だ。監督生のバッジが黒いローブの上できらりと光っている。
「人聞きの悪いことを言うなよ、パーシー」
「フェリシア、一応紹介するよ。うちの兄貴のパーシーだ」
 パーシーはそこで初めてフェリシアのほうを見たので、フェリシアもパーシーの顔をはっきりと見ることができた。眼鏡をかけていて、そばかすがある。背も高くひょろりとしているので、どちらかといえば双子よりもロンに似ている。
「パーシー・ウィーズリー、監督生だ。よろしく。うちの弟たちに何かされたらすぐに言ってくれ」
「うん、よろしくお願いします。私は──」
「フェリシア・トンクスだろう? 組分けの長かった」
「……まあ、うん、そう」
 席が少し離れているにも関わらず、わざわざ立ち上がって握手を求めてきたパーシーに、フェリシアは少し狼狽えた。よほど真面目な人なのだろう。差し出された手を握り返したものの、組分けの長かった子と言われて思わず苦笑した。妙な覚え方をされている。ひょっとするとこの後一週間くらいは、名前も知らない人たちから『組分けの長かった子』と呼ばれてしまうのかもしれない。そう思うと、フェリシアはげんなりした。
 パーシーはそれには気がつかずに、握手を済ませるとすぐにまた席に着き、双子に一言二言 小言を言ってから食事に戻った。パーシーが目を逸らした途端、双子が揃って舌をつき出したので、ちょうどかぼちゃジュースを飲もうとしていたフェリシアは必死で笑いを堪える羽目になった。
「真面目が服を着て歩いているようなやつなのさ」
「二人とは反りが合わなそう」
「ご明察」
 そう言いながらフレッドがぱくりとローストビーフにかぶりつく。それを見て、フェリシアも食事を再開した。フレッドのおかげで、フェリシアの皿の上には料理が山盛りだ。どれも美味しいのだが、こんなにたくさん食べきれるだろうか。フェリシアは溜息が出そうになった。眺めていたところで量が減るわけでもない。話にも適度に参加しつつ──といってもほとんどは相槌を打つくらいだったが──もくもくと食べ進めた。
 三分の一ほどがフェリシアの胃に収まる頃、ゴーストが衝撃的な登場をして一年生を驚かせたが、フェリシアは平然と食事を続けていた。そのゴーストが先程声をかけてきたのと同じゴーストだと気がついたからだ。今度こそ目を合わせないようにと、目の前の食事に夢中なふりをする。
 ところが、ゴースト──ニコラス・ド・ミムジー・ポーピントン卿、通称『ほとんど首無しニック』と呼ばれているらしい──はフェリシアを見つけると、するすると近寄ってきた。嫌な予感がしたが逃げ場などあるはずもない。ほとんど首無しニックは、初めて話しかけてきたときと同じ朗らかな口調でフェリシアに声をかけた。
「やぁ、フェリシア嬢、ようこそ我が寮へ! フェリシア嬢はきっとグリフィンドールだろうと、そう思っていましたよ」
 グリフィンドール寮憑きのゴーストらしいニックは、そう言って笑顔で手を広げた。歓迎してくれているのは有り難いのだが、どうにも人目を引いてしまっている。フェリシアはひきつった笑みでお礼を言った。
「ありがとうございます、サー・ニコラス」
「いえいえ、新入生を歓迎するのは寮憑きゴーストとして当然のことです。実に喜ばしい! ……それにしても、良い食べっぷりですな」
「えっ? あー、これは……」
 自分で取り分けたのではないのだが、ほとんど首無しニックはすっかり勘違いしているようだった。「食事を楽しめるのは素晴らしいことですよ」とフェリシアが返答に困るようなことを言ったあと、少し複雑な表情を浮かべた。
「こうして見ると、君のお父上を思い出します。実に良く似ている」
 フェリシアはハッとした。考えてみれば、シリウス・ブラックもグリフィンドール出身なのだ。グリフィンドールの寮憑きゴーストなら、シリウス・ブラックが今のフェリシアと同じ歳の頃から卒業するまでのことを、アンドロメダやオリバンダー老人よりもずっとよく知っているに違いない。
 ニックに訊けば、父親のことが少しわかるかもしれない。それは光明にも思えたが、同時に今はひやひやとしていた。彼がうっかりシリウス・ブラックの名前を出してしまったらどうしよう。そもそもホグワーツにいるゴーストは、ホグワーツの外の出来事をどれくらい知っているのだろうか。もしもシリウス・ブラックが投獄されたことを知らないとしたら、何の躊躇いもなく名前を言ってしまうだろう。
 フェリシアは懇願するようにニックを見た。それに対して彼は「わかっていますよ」というように無言で一度頷き、どこか悲しげにも見える微笑みを浮かべた。
「ではフェリシア嬢、あなたのホグワーツでの生活が素晴らしいものとなるよう祈っています」
 そう言い残してニックがどこかへ行くと、フェリシアは肩の力が抜けていくのがわかった。自分でも気がつかないうちに、かなり緊張していたらしい。
「フェリシア、組分けの前にもニックに話しかけられてなかった?」
 ハリーに訊ねられ、周りを見るとフレッドとジョージも不思議そうな顔でフェリシアを見ていた。ほかの一年生も同じような表情をしている。フェリシアは肩を竦めた。
「私ってお父さんに似ているらしいから、話しかけやすかったのかも」
 どうせ先程ニックが言ってしまったことだからと開き直ってそう答える。怪訝な顔をしたのはハーマイオニーだった。
「似ているらしいって……」
「会ったことないの、本当のお父さん」
 ハーマイオニーはすぐに失言だったと思ったようで、両手でパッと口を押さえた。
「気にしてないから大丈夫だよ」フェリシアは笑って言った。「私も『本当のお父さん』については最近知ったばかりで、まだよくわかっていないし」
 本当になんでもないように言って、皿の上のプディングを口に運ぶ。きっとこの手の話題は誰も追及してこないだろうと確信していたし、それでも何か言ってくる人がいたとしても、周りが嗜めてくれる。
 やがてみんなが食事と談笑に戻ったので、フェリシアはほっとした。まだどこからか視線を感じるような気がしたが、知らん顔をして食事を続けた。皿の上にはまだまだ料理が残っている。

150724
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