微睡むクリスマス

 心地良い眠りから目覚める直前の、夢と現のあわいを漂うようなたまゆらに、馴染みのある温もりが私に触れた。耳をなぞって頬を滑り、確かめるように手を握る。ずっと昔から知っている気がする温もりは、決して眠りを妨げるようなものではなく、私はしばらくの間その微睡みに浸っていた。
 意識がはっきりしてくる頃には、温もりは遠のいていたが、体は陽射しの下で眠ったように温かかった。このままここで横たわっているのも、きっと悪くはない。
 それでも、まだくっついていたがる瞼をのろのろと開けた。目に映るものがブラッドリーの部屋の壁だとわかると、起き抜けの頭でも妙な納得感を覚える。どうりでよく眠れるわけだ。住み慣れない自室よりブラッドリーの部屋のほうが落ち着けるというのも、なんだかきまり悪い話ではあるが、昔から知る香りがそうさせるのだからしかたがない。
 微睡の名残でぼんやりしながら、眠りに落ちる前のことを思い起こす。ブラッドリーから晩酌に誘われて──そうだ、ネロもいたはずだ。
 首だけ動かして辺りを見回せば、ネロの姿はどこにもなく、向かいのソファでブラッドリーが銃の手入れをしているだけだった。どうやらネロはすでに自室に戻ったらしい。私が寝たせいでお開きになったのなら悪いことをしたと、ぼんやり思う。
 ブラッドリーは私と目が合うと、「寝癖ついてんぞ」と呆れたように言った。

「人の部屋で気持ち良さそうに寝やがって……。てめえの警戒心はどこに置いてきたんだよ」
「ん、んー……夢の中……?」
「んなとこに置いてくんな。持ってこい」
「……もっかい寝ていいってこと?」
「違え」

 欠伸をしつつ起き上がってようやく、ソファの肘掛けを枕代わりに、ブラッドリーのコートを毛布代わりにしていたのだと気づく。まさか私が引ったくったわけではないだろうから、ブラッドリーがかけてくれたのか。
 ……つまり私は、ブラッドリーの移り香に包まってぐっすり眠っていたわけだ。さすがに欠伸も引っ込んで、ずり落ちかけたコートを慌てて掴む──その親指に、眠る前はなかったはずの指輪がはまっていたから、あまりの驚きにとうとう眠気も吹き飛んだ。
 弾かれたように手を目の前に翳し、まじまじと指輪を眺める。小さな石が嵌め込まれたシルバーのそれは太めで、サイズも私の指にはほんの少し大きい。ぶかぶかとまでは言わないが、簡単にくるりと回ってしまう。
 私が持っていないはずの指輪。なのに、見覚えがある指輪だった。

「……あ、わかった。これ、昔ブラッドリーがつけてたやつだ」
「へえ、よくわかったな」
「……まあね」

 この指輪がブラッドリーの薬指にあった頃、私はよくブラッドリーの手元を眺めていた。銃を手入れしているときの、丁寧な手つきが好きだったから。
 先程まで呆れていたブラッドリーは、いつの間にか機嫌の良さそうな笑みを浮かべている。

「触っても全然起きねえからどうしてやろうかと思ったが、まぁ、今日は見逃してやるよ」
「え、と……ありがとう?」
「その指輪も、てめえにやる」

 ぽかんとした私に、「今日はクリスマスだからな」とブラッドリーは言った。クリスマス。聞き慣れないそれは、たしか賢者の世界の習わしだ。

「……私、何も用意してないんだけど」
「いい。もう貰った」
「は……、何を?」

 ブラッドリーは口の端を上げるだけで答えない。私にはまったく心当たりがないのに──まあ、ブラッドリーがいいと言うのなら、それで構わないだろうか。
 私はもう一度、親指の指輪を見た。ブラッドリーから装身具を貰うことは初めてではない。指輪を貰ったこともある。ただ、あれらはたぶん、ブラッドリーが手に入れた盗品だとかお宝だとか、たくさんあるそういうものの中のひとつだった。対して、今目の前にある指輪は、ブラッドリーが以前身につけていたもの。
 ……なぜだろう、心臓のあたりが妙にそわそわする。
 ブラッドリーが私の反応を面白がるみたいに笑うのが、余計に落ち着かない気分にさせる。

 ──それなのに指輪を外す気になれない自分が、何よりも。


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蛇足気味のブラッドリー時点
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