晩酌の途中でベリルが寝息を立て始める。それは近頃よくあることで、どうせ今日もそうなると思っていた。そう思ったからこそ、ネロの部屋でなく俺の部屋で飲むことにしたくらいだ。
 眠っているベリルはいつも寝言のひとつも言わないし、いびきもかかずに静かに眠る。酔いが回りきった状態で下手に起きていられるより、よほど手がかからない。
 このまま晩酌を続けても構わなかったが、眉を寄せたネロが「見ちゃいけねえもんを見てる気がする」だの「ベリルも寝顔を見せる相手は選びたいだろ」だの言って、そそくさと帰り支度を始めたことでお開きになった。当のベリルがネロもいるのをわかっていて呑気に眠っているのだから、さほど気にする必要もないように思うが、ネロは相当気になるらしい。ベリルよりもネロのほうがよほど繊細だ。部屋を出て行く間際、ネロはひどく何か言いたげな顔をしていたが、結局何も言わなかった。
 ネロが扉を閉める音はほとんど聞こえなかったということを差し引いても、ベリルはよく眠っていた。直接触れて肘掛けに頭を乗せてやると、くぐもった声を出しながらもぞもぞ動いたが、目覚める様子はない。
 こいつは、寝込みを襲われるとは微塵も考えないのだろうか。いくらなんでも誰に対してもこうではないだろうし、目を掛けた女からの信用の現れと思えば悪い気はしないが、よりにもよって盗賊の男を信用して無防備な姿を晒しているのかと思うと、多少呆れもする。
 昔はこうではなかった。それは警戒心云々という話ではなく、単に昔のベリルがもっと酒に強かったという話だが。会わない間に酒に弱くなったのか、それとも、こちらに来てから寝不足なのか。とにかく最近のベリルは昔より大分酔いが回るのが早いし、俺の目の前であろうと構わず眠りに落ちる。
 俺がソファに片手をついてベリルの前に屈んでも、ベリルの規則正しい寝息は崩れなかった。呆れ半分に、頬にかかった髪を指先で払ってやる。隠れていた耳があらわになり、その薄い耳朶が俺のやった宝石で飾られているのが見えた。思わず笑いが込み上げる。そのまま指の背で頬を撫でても、やはりベリルは目を覚まさない。たとえば今この唇にキスしたとして、それでも目覚めるかどうか怪しい。
 ……それにしても、随分気持ち良さそうに眠っている。まったく、どうしてやろう。その安心しきったような顔を見ながら考える。
 この分では朝まで起きないかもしれない。それなら、気の抜けるような寝顔を肴に酒でも飲んでやるか。ベリルの寝息を聞きながら銃の手入れをする時間が案外悪くないものだということは、もう知っている。
 ただひとつ、本当なら起きているときにしてやりたかったことがあったのだが──まぁ、こんなにぐっすり眠りこけているのなら、しかたがない。
 投げ出されているベリルの手を取って、艶やかなワインレッドの爪を撫でる。言葉にして確かめたことはないが、これは俺の目の色なのだろう。この爪が目に映るたび、俺はベリルの可愛げを思い知らされる。あのつんとしていた女がこんな殊勝なことをするようになるとは、出会った頃には思いもよらなかったし、双子たちにも見通せなかったに違いない。
 すらりとした指の細さを確かめてから、俺は古い指輪を取り出した。昔自分の薬指にはめていた指輪で、ベリルにはどの指でも大きそうだが、おそらく親指ならつけていられるはずだ。
 何も気づいてないベリルの親指に指輪をはめ、特に意味もなく指を絡める。それから軽く握って、指先で撫でて、寝顔を眺めた。
 ただの腐れ縁だと言い切るには、いつしか互いに情が湧きすぎていた。しがらみにひやりとしても、今更隠してもおけない。だからこそ俺たちは、今、こうして同じ部屋にいる。

 どうせすでに、双子とフィガロに目をつけられているのだ。隠そうとするだけ馬鹿馬鹿しい。それならいっそ目の届くところに置いて、多少甘やかしてやったって構わないだろう。
 まだ眠っているこの呆れた女を甘やかしてやる理由なら、いくつも言える。──たとえばそう、一途に俺を待っていたらしいことだとか。


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