冷める光


「二人ともいい加減にしなよー。またジャーファルさんに怒られるよ?」
「けどよ! このままじゃ悔しいだろ!!」
「悔しいって何がさ〜。エルハームさんとの仲の良さで競争してるつもりなら、マスルールくんの圧勝でもう勝負ついてるじゃん。だからハイ、もう終わり!」
「なんでマスルールが出てくんだよ!」
「それにまだ魔法か剣術か選んでもらってないわ!」
「えぇ〜。ホント飽きないね二人とも…」

 何か適当に選びなよ、とピスティ様の丸い目が訴えている。確かにこのままではらちがあかないだろうことは明白だ。しかし、どちらを選んでもそれはそれでまた喧嘩になりそうである。仕方ない、と私は腹を括った。

「私は身一つの強さに憧れるので、体術を推します」

 すかさずピスティ様が手を叩く。

「ハイ、マスルールくんの完全勝利」

 先程までの勢いが嘘のような二人の落ち込み具合には些かの申し訳なさを覚えないでもないが、他に何と答えるべきか思いつかなかったのだ。魔法を選ぼうが剣術を選ぼうが揉める予感しかしないのだから、ここは少しだけマスルールに甘えることにした。間をとって、というやつである。
 中庭へ来た当初の予定はどこへやら、不毛な諍いに巻き込まれているうちに、太陽は随分動いたようだった。そもそもは私の魔法を──言い換えれば私の戦闘能力を──調べている最中であったわけだけれども、なおざりにしてしまって良いのだろうか。勿論良いわけがない。意気消沈のヤムライハに声をかけようとすれば、「ねえ」と服の袖を引かれた。今それをしそうな人は一人しか思いつかないので、姿勢を正して振り向いた。

「なんでしょうか?」
「その敬語、いっそ私達にはナシにしちゃいましょ。またさっきみたいなくだらない喧嘩が起きないように」
「ごもっともとは思いますが……私達、というのは」
「それは勿論私とヤムとシャル」
「……なぜピスティ様まで?」
「だって私だけのけ者みたいになっちゃうのはイヤだもん」
「ですが、」
「却下」
「まだ何も申し上げておりませんが」
「何を言おうとしたかくらい分かりますって。ダメですよー。敬語も敬称もナシ! 八人将命令ですからね!」

 それを言われてしまえば私には反論のしようがない。ぐっと押し黙ると、ピスティ様は勝利を確信したように笑みを深くした。おまけに可愛らしいウィンクを一つ。私はそんな彼女を見ながらつくづく思う。シンドリア八人将は、誰も彼も変わり者ばかりだ──。

「……私なんかと親しくしたって、なんの得もないのに」

 思わず零すと、ピスティ様──いや、ピスティはきょとんとして首を傾げた。その仕草が意図的なものかどうかは分からないけれども、次に浮かべた表情は年相応のものだった。

「やだなー、友達っていうのは損得勘定でなるものじゃないでしょ?」
「……それを言うなら、命令でなるものでもないよ」
「痛いところつくね…。でもそうでも言わなきゃ、エルさん頑固そうだし」
「けれど、大丈夫なの? 国の重鎮が侵入者と仲良し小良しなんて、ジャーファル様が良しとしないんじゃ」
「いくら私でも、他人の交友関係を制限する権限などありませんよ」

 静かに割って入った声は、決して怒りに震えてなどいなかった。しかし、朗らかさのなかには間違いなく小さな棘が隠されている。声のしたほうを振り向けば、思った通りの人物が近からず遠からずの距離に立っていた。いつ近づいて来たのだろう。私だけでなく、他の三人も驚いているのが見て取れた。足音、気配、匂い──気を抜いていたとはいえ、この距離にいて全く気がつかなかったなんて。彼が暗殺者であったのは今や過去の話であっても、染み付いた身のこなしは健在ということらしい。
 穏やかに笑みを見せるジャーファル様の目は、決して笑ってはいない。それまで騒がしくも和やかだった空気が忽ちのうちに冷えて、鋭さを増すのを肌で感じた。これは、私が三人を巻き込んでしまった形になるのだろうか。私は私で先の喧嘩に巻き込まれたのだから、おあいこということにしてほしいものである。

「雷魔法と風魔法、拝見させて頂きました。やはりなかなかの使い手のようですね」
「……お褒めに与り光栄です」
「せっかくですから、スパルトスとシャルルカンが見たという魔法も見せて下さいませんか?」
「ここで、ですか」
「対戦形式が良ければそれでも構いませんが。場所を移動して、私がお相手致しましょう」

 誰かが小さく息を呑んだ。それだけ、珍しい申し出なのだろう。

「……お気遣い感謝致しますが、私如きがジャーファル様のお手を煩わせるわけには参りません。この場で魔法を使うことをお許し頂けるのなら、ここでやらせて頂きます」
「そうですか」

 どうぞ。短く言って頷くジャーファル様は、やはり何を考えているのだか分からない。そもそも、今日も今日とて政務におわれているはずの彼が、なぜここに来たのだろう。ヤムライハ達の口論でも聞いて状況を察し、宙ぶらりんになっている私の能力測定を自ら行いに来たのだろうか。
 ……いや、考えるのはよそう。考えたところでどうせ分かるものでもあるまい。私はただ、彼が見たいという魔法を使ってみせれば良いのだ。それを向ける対象がいない分少々面倒ではあるけれども、あの日 海上でしたのと同じようにやれば良い。
 皆から距離をとって、杖を回し刀身を引き抜いた。細身のそれは日の光を跳ね返してぎらりと煌めく。

「ラムズ・サイカ」

 刀身が雷電を帯びるのを確かめ控えめに振るうと、軌道に沿って雷が走った。そのままひゅんひゅんと素早く振り抜けば、雷は網状になって空に留まり、少しずつ球体を作っていく。直接標的にぶつければ当然麻痺して動けなくなるが、こうすれば標的を包囲することも出来るのだ。ジャーファル様が言った通りにするならば前者のやり方であるべきなのだろうけれども、標的がいない以上はこうするほかない。雷が完全な球体を形作ったところで、魔法を切り替える。

「アスファル・サイカ」

 刀身の雷電は風に変わる。球体に向かって剣を振れば、風の刃が飛んだ。それは雷を切り裂いて、相殺していく。威力がやはり弱いように感じるのは、風魔法が私の苦手分野だからなのだろうか。そうして宙に浮かぶ雷網の球体を綺麗さっぱり消し終わると、刀身を杖の柄に収めた。
 大したことはしていないけれども、存外緊張していたのか、一気に力が抜けていくのが分かった。ふっと一息ついてから、見守っていたはずの彼らのほうへ振り返る。

「以上です」

 いつの間にか足を止めて見ていたらしい侍女達が、はっとしていそいそと去っていくのが視界の端にちらりと見えた。

140720
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