どうかきみの手で終わらせて


「私が12のとき、シンドバッドは最初の迷宮を攻略し、そして、村を出ました。彼がいなくなって、村の大人たちも寂しがっていたのを覚えています。私の生活は特に変わりなく……少し寂しかったけれど、それでもいつも通りでした。けれど、彼が村を出てどれくらいの月日がたった頃でしょうか、正しくは覚えていませんが、村にパルテビアの兵士たちがやってきて言うのです。『エルハームという娘はどこか』『かの娘の身はパルテビアが預かる』……家族もなかった私は、あっさりと引き渡されました。抵抗はしましたよ。したけれど、そうすると、低く恐ろしい声で囁かれました。『この村がどうなっても良いのか』と。私は抵抗をやめました。
 連れて行かれた先はパルテビアの王宮です。そこには国仕えの魔導士が一人いました。その人が言うには、私の母もかつて国仕えの魔導士であったが、突然居なくなった。ずっと捜していたが見つからず、代わりに娘である私を見つけた。お前はこれからパルテビアのために生きよ、特にかのシンドバッドを殺すことこそ、お前の役目であるぞ──そのようなことを命じられました。顔馴染みである私が赴けば、シンドバッドも油断すると思ったのでしょう。その日から、その人を師として魔法の訓練が始まりました。薄暗く湿っぽい部屋を与えられ、村に戻ることはおろか街に出ることさえ許されない。そんな生活が続いて少しした頃……実戦的な訓練が始まった頃です、師が言いました。『お前の身体能力は魔法使いにしては随分優れているな』それはおそらく、何気ない一言だったのでしょう。そして何気なく誰かに言ったのだと思います。その話は、上の者の耳に入りました。程なくして私にはもう一つの命が下されました。『国に仕える暗殺者となれ』と。ちょうど、シンドバッド暗殺に差し向けた暗殺集団が返り討ちにあい、挙げ句その筆頭がシンドバッドに懐柔されたと話題になっていた頃ですから、少しでも多く“使える暗殺者”を欲していたのでしょうね。そもそもいずれ私にはシンドバッドを殺させるつもりだったわけですし、魔法も使える暗殺者というのが、国のお偉方にとっては魅力的に思われたのかもしれません。
 それからの毎日は、魔法の訓練に加え、体術の訓練も始まりました。耐性をつけるため食事に毒を混ぜられたこともありましたし、何より、私は既に善悪が充分に分かる歳でしたから、その“教育”には気を使ったようです。余計な感情は不要だと、きつく灸を据えられました。つらくて死のうとしても必ず命は助けられ、その後でまた罰を受けました。気が狂いそうでしたが、どういうわけか皇女様が目をかけて下さって。毒の知識を直々に授けようとおっしゃられ……、そう、とても可愛がって頂きました。皇女様といるときだけはいくらか心が安まり、人として最低限の感情は失わずに……済んだ、と思います。そして一年半程経ち、私は初めての任を与えられました。初めて人を殺したのはその時です。あのときの事は、今もよく覚えています。首尾良く終えたことに気を良くしたお偉方はどんどん私に暗殺をさせるようになりました。シンドバッド暗殺の任がすぐには与えられなかったのは、更に経験を積み、感情を殺し、冷徹な暗殺者に仕立て上げてからでなければ、無駄に暗殺者を失うことになると考えたからでしょう。皇女様が、時期尚早だと掛け合ってくれたとも聞きます。そのうち、私は暗殺を割り切れるようになり、優秀な暗殺者として可愛がられるようになりました。それでも、シンドバッド暗殺の任はなかなか与えられませんでした。その頃にはもう、シンドバッドはそうそう暗殺できるような存在ではなかったのです。私はいつしか、シンドバッドという存在自体から遠ざけられるようになりました。暗殺者の数は減っていて、これ以上失いたくなかったのだと思います。私はそのまま、国仕えの魔法使い兼暗殺者として王宮に暮らしました。時折死のうと試みるのですが、国は決して許しませんでした。いつか私を返り討ちにしてくれる標的はいないものかとも思ったのですが、誰一人としてそれをできる者がいないまま、いつしか私はこんな歳になっていました。年頃になってからは、暗殺に夜伽が伴うこともありました。その方が効率が良かったから。だけれど、その頃から私、なんのために生きてるのだか分からなくなったのです。もう生きていたくない、だけども死ねない。私は殺される方法でしか死ぬことができません。
 そして、少し前、私を可愛がって下さったあの皇女様に呼びつけられ、シンドバッド暗殺を命じられました。あの方は悲しそうな顔で、『それがエルハームの望みなのだろう?』と。おそらくあの方が押し切ったか、あるいは独断なのだと思います。けれども王族の命に変わりありません。この任務には失敗します。返り討ちにあうか、逃げ帰った先で失敗を咎として処刑されるか二つにひとつ──あの方は、私に死を与えて下さったのです。その上で私は、返り討ちにあって死ぬ運命を選びたいと思いました。どうせ死ぬのなら最期は……勝手だけれど、シンのそばが良いと思って」


 これで私の話は終わりです、と締めくくり、息をついた。こんなに長く話したのはいつぶりだろうか。少なくとも、この数ヶ月の間には無かったことである。下手くそで面白味もない昔話を、口も挟まずに聴いてくれたマスルールさんには頭が下がる。もっとも彼の人柄からして、どんな話であれ口を挟まないのではないかと思われた。 今も何を言うわけでもなくじっと私を見ている。その視線はあまり居心地の良いものでは無かったが、あれこれ言われるより随分とマシだ。話す相手を彼に選んだのは成り行きとはいえ、結果として良かったと思う。
 マスルールさんはそのままじっと私を見、再び口を開いたときに発した言葉は、今の話の感想でもなんでもなかった。

「シンさん、部屋の外でこの話最初のほうからずっと聞いてたみたいすけど大丈夫ですか」

 これには流石に狼狽えた。
 話を始める前に人払いをしたわけでもないし、そもそもこの部屋には見張りがついている。人の気配が複数あるのは分かっていたが、まさか本人とは思わなかったのだ。

「……あまり、好ましくは、ないですが…」
「すんません、言えば良かったっすね」
「あ、いえ、別にそんな……マスルールさんが謝ることでは」

 どうせいつかは知られることだったろう。例えばマスルールさんが報告しなくても、シンドバッドが知りたいと思うのなら私のところに来て尋ねるのだろうし、それでも駄目だと思えば他の誰かに訊かせるに違いない。その手間が省かれただけで。知られるのが早まっただけで。問題など、私が無しとすれば一つも無い。要は、私の我が儘なのだ。そもそも私がここで殺されたいという子と自体、とどのつまり私の我が儘でしかない。

「……分かってはいるんです。私がどれだけ殺してくれと頼もうと、シンドバッドはそうしないと決めたなら絶対にしない。私が何かを言って、それで簡単に行動を変えるような人じゃないことは」
「ここでなら、一人でも死ねるんじゃないすか」
「どうでしょう。シンドバッド王は許してくれるでしょうか」
「許すわけ無いだろう。マスルールも変なことを言うんじゃない」

 開き直ったのだろうか。シンドバッドが部屋に入ってきた。当然というべきか従者が一緒だが、あのジャーファルという人ではない。彼が一番私を警戒しているのだろうから、わざと彼でない人を連れてきたのだろう。
 連れてきた従者は、奇っ怪な見た目をしていた。背がとても高く肌は鱗で覆われていて、失礼を承知の上でいえば人間には見えない。その方が軽く会釈をするので、私も会釈を返す。私のように怪しい者に、随分と礼儀正しい。シンドバッドと共に入ってきたということは、この方も私の話を聞いていたのだろうなとぼんやり思った。

140226 
- ナノ -