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薫物
 

 襖を開ける瞬間は未だに緊張する。和泉守がひとつ深呼吸をして三日月の部屋に足を踏み入れると、寝間着姿で文机にもたれていた彼はこちらを振り返り、にこりと微笑んだ。
「ああ、今宵も来てくれたか」
「あんたが来いって言ったんだろう」
 和泉守が呻くと、三日月は「そうだったな」と満足げに頷いて、手招きをしてくる。近くに寄れば肩を掴まれて、そのまま随分と簡単に、用意されていた褥に転がされてしまった。
「おい……いきなり」
「いきなり、ではないだろう。お前は準備をしてきたように見えるぞ」
 白い敷布団に広がった和泉守の髪を掬い上げて、三日月は優しく口づけた。その優美な仕草に、どくどくと心臓が早鐘を打つ。
「石鹸の良い匂いがする。随分と入念に、身を清めて来てくれたのだなあ」
「違……っ、ただ、先に風呂に入って来ただけで」
 正直なところ図星だったので、和泉守が思わず否定すると、三日月はすいと目を細めて、「そこは、否定しない方が愛らしいぞ」と小首を傾げた。たったそれだけの仕草が、息苦しい程美しい。和泉守は目を逸らし、小さく唸り声をあげる。
「はは。照れているか」
「照れてねえ」
「お前はいつもそうだなあ」
 和泉守の頬に手を添えて、三日月が顔を寄せてくる。
「そうやって、意地を張って」
 距離が近づくにつれ、彼が纏っている香の匂いが周囲に満ちる。和泉守には種類など分からないが、とにかくたおやかな香りだ。自分の、彼に比べれば大分子どもじみた匂いなど、少しの間抱き合うだけで、あっという間に掻き消されてしまうだろう。
 触れ合った唇の熱に心が急いてしまい、またひとつ、自尊心に傷がついた。こうして彼を欲しがってしまうことも、彼に身を染められて嬉しいと思うことも、最早認めざるを得ない事実だ。早くこの香りをこの身体に移されてしまいたい。彼のものになってしまいたい。
「意地なんか張ってねえよ……」
 自分がしているのは、意地にもならない小さすぎる無駄な抵抗だと、とっくに分かっている。和泉守は小さく舌打ちし、縋るように三日月を見上げた。
「あんたが、張らせてくれないんじゃねえか」
「ほう。……今のは良いな」
 三日月は緩やかに笑い、今度は和泉守の額に口付けた。最早、この自分が悔しいとも思えないぐらいに、全ては彼の掌の上だ。支配される安心感には何も勝てない。

 




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