シャングリラにて紅茶タイム!
なんだここ。夢なのか、夢っぽいけど違うのか。というかあたしはどこにいるのか。
答えは誰も知らない。一応ここがどう呼ぶべき場所かはわかる。
差し込む夕日。並べられた数十個の机といす。前には黒板。後ろには棚。
ここは懐かしい教室だった。
それも、解放感があって早く帰りたいと思えども、何故か帰らず誰かと話したい。そんな時間帯の一番記憶に残る教室。今は放課後だ。
「どういうことだ?」
「知らぬ」
「ひょお!」と喉と言うより思わず腹から悲鳴が発せられた一人だと思ってた教室には、もう一人女性が居たのだ。
ついさっき三百六十度見回して教室を確認した筈なのに、思わぬサプライズに心臓がバクバクと音をたてた。
うさぎのそれ並みの早さで動く心臓に、冷や汗を滲ませながらすぐ隣にいた女性を見る。
目を惹く長身にさらさらとした髪。触れば絡まることなく鋤けそうで。今は少し細められた大きな目も見つめられれば誰でもときめくだろう魅力的。
そうとうな美人だった。
「ふむ、なかなか経験した事のない出来事だな」
「え、あたしまだなにが起こってるのかも理解してないんだけど」
美人さんは眉間に少しのしわを寄せながら紙切れを睨んでいた。なにが書いてあるか気になり同じようにあたしも紙を睨む。
そして自分でも納得していないような表情で今度はあたしを見て口を開いた。
「どうやらここは私やお前……えと」
真琴です。とあたしを指差した美人さんに言う。良い名前じゃないか、と話が脱線して彼女がにっ、と笑った。
あ、笑うと幼い。
「私と真琴がいた世界とは違う世界だと書かれている」
「なんだそれ」
トリップか。トリップなのか。
まったく、番外編と言ったらトリップって安直過ぎるだろ。いや、深い意味はない。
ともかく彼女は何者だろうか。
「お嬢さん、名前は?」
「ラスティーだ。よろしく頼むな真琴」
「ラスティーさん……」
どうやら外人さんだったらしい。なかなかカオスな夢を見るものだ。普段考えてる事がわからないからこうなるんだろうか。
ラスティーさんはその手紙を裏返したり光に透かしてみたりしてじっと凝視していたが、更なる発見には至らなかったようだった。そう言えばその紙はどこから持って来たんだろう。
「ちなみにその紙はどこに?」
「真琴の背中にあったぞ」
「いじめのやり方だ!」
良かったそのまま教室から出なくて!恥ずかしい奴になる所だった。いつの間に貼られていたんだろう。
あたしはここへ来て間もないし。ラスティーさんがそんな意味のない嘘をついたようにも思えない。
まったく面倒な事になったみたいだった。
「私はただ仕事をさぼっ……昼寝をしてただけなのだが」
「今違うことを言いそうになりませんでした?」
「い、言ってないぞ」
なかなかお茶目な人らしい。見かけによらず可愛い一面だ。しかしいつまでも彼女と話しているわけにもいかない。
ここに来てどれだけたったのかはわからないが。あたしの眠気が遠いどこかにある間やらねばならないことがあるのだ。
本日なんと、驚くことに、まさか信じられないことに締切である。まあ神原が取りに来るだけだし良いような気もするけど。
「あれ、何ですかその紙」
ひらひら一枚。白い紙に小さな文字で。
あたしの背中にも多分こう張ってあったんであろう紙切れがラスティーさんの背中に存在していた。
え? と聞き返される前に紙切れを掴み剥がす。ひらひらしたその紙は折り目一つなく気を抜いたら指を切ってしまいそうで怖かった。紙で指を切るとやけに痛いよな。なんて。
やたら大きいA4ぐらいのもはや紙切れとは言い難い紙と見つめあう。真ん中には紙の大きさと反比例した一文字1センチ未満の綺麗な文字が。
「『脱出せよ』」
「……ほぉう?」
挑発的な言葉にいち早く反応したのはラスティーさんだった。なるほど彼女の性格がわかってきた。多分神原を与えたりすると生き生きするタイプだ。
「脱出せよ、と言うのはこの教室からか? 学校からか?」
「まず出れる所まで行きましょう」
お互い相手の背中にあった紙を握りながら、ラスティーさんが前、あたしが後ろでまず教室を出ようとした。
がつり、と堅い音。「む」とラスティーさんが唸る。どうやら教室から出ることが出来ないらしい。
扉は開いている。しかし透明ななにかが廊下との間を妨げているのだ。
確かめるようにつま先でガツンガツンと確認するラスティーさん。靴と空気がぶつかって、あたしが見る分にはなんとも不思議な光景になった。
それでも音だけ聞けばただ靴で壁を蹴っているだけの様にも聞こえる。決してガラスがあるわけではない、教室の壁独特な板と板との空洞の音。
脱出せよ、と言うのは教室からと言うわけか。はたまた教室、学校、さらには学校の敷地から脱出しろと言う段階を経たなければならないのか。
「ううむ」とまたラスティーさんが唸った。それからと小さいため息を吐く。
どうしようもない、と二人で適当な机に座ることにした。
「ああ眠いな、少し眠ろうか」
「いい考えですね……」
「誰ですかあなた達」
これで数学の授業なんかしてたら最高に良い塩梅で寝れる。なんて思いながら。各々誰のだかわからない席を占領していた時だった。
二人しかいない教室。聞いたことの無い声が静かな世界に三つ目の声として響いた。顔を上げて声の出所を辿ると、そこには可愛らしい少女が立っている。眉を顰めて、訝しげにあたし達を交互に見ていて。
この学校のであろうか制服が、あたしにはない若々しさを表していた。制服なんてどれくらい着てないんだろう。可愛いなぁ。
「若いって、いいなぁ」
「は?」
「なにをぬかす真琴、お前もなかなか若いからな」
「いやラスティーさんとはそんなに違わないですよ」と言って、そこからあたし達は目の前の少女を見つめた。
ハリのある若々しい肌に髪は痛んでいないのか天使の輪が輝いている。若いという事を表した制服が、一層彼女の愛らしさを引き立てている。
そこまで見て、ふと、彼女はこの学校の生徒なのかという考えに至った。というか今彼女はどこから入ってきた?
ラスティーさんを見れば、眉を顰め目を丸くしている。多分あたしも同じ顔してるだろう。
「そこ、私の席です」
「あ、ごめーん」
何年か前、それも学生の時話したような軽い返事をすれば。なにかツボに入ったのかラスティーさんが吹き出した。
あたしは座っていた席から立つと、今度は隣の机に座る。
「父兄の方、ですか?」
「父や兄ではないぞ」
「敢えて言うなら保護者でもないな」
「HAHAHA」どこかのメタボな彼を思い出しながら笑うと、露骨に嫌そうな彼女。あたしはラスティーさんと目を合わせ今度はにやりと笑うと、2人同時に彼女を見た。
「じゃあ生徒ですか?」
「実は新しくここに来る職員なんだよ」
「そこでまず生徒の目線になって教室に滞在していたと言うわけだ」
にたにたしながら怪しげな顔をした大人二人。大人しくも、大人気もなかった。
最初不振感を表していた彼女だが、そう言われた所為でか表情が少し和らいだ。これぐらいで信じるなんて、大丈夫か。
「ならゆっくりしていって下さいね」
「そうさせて貰おう」
二人で顔を見合わせくつくつとあくどい笑いをして。あたしは髪がさらりと揺れる頭をがしがしと撫でる。
別に髪が綺麗で羨ましい訳じゃない。ただこの子が可愛いから撫でるだけだ。
あたしが楽しんで名も知らぬ彼女の頭を撫でている時だった。
リズミカルな音の連続。ぶつ、と言う放送独特な接続音がなって、三人の間には一瞬の沈黙が訪れた。
『生徒会雑よ……雑務麻倉星乃、生徒会雑務麻倉星乃。至急生徒会に戻るように! べ、俺が別に寂しい訳じゃないからな!アル達が騒がしいから早く来い!』
「ばかぁ!」と効果音と一緒に放送は終了する。今なんか聞いたことのある声だったなー、なんて思いながら無意識にスピーカーを見ていた目を制服少女に向けると。
彼女の表情が明らかに歪んでいるのがよくわかった。
可愛らしい顔が勿体無い。いや、その顔ですら可愛いのだからやはり可愛いってのは得だな。
その彼女の表情を見て、彼女が今呼び出された麻倉星乃ちゃんで有ることに間違いは無いだろう。もしくは声の主がよっぽど嫌いか。
なるほど彼女の名前は星乃と言うのか。顔に似合った可愛らしい名前だ。少し緩んだ頬を意識しながら、さっきの放送の声の事も考えた。
あたしもあの声に聞き覚えがあったのだが。
そこで横のラスティーさんを見たときだった。
綺麗な眉が顰められている。
え? と疑問に思いさらに見続けていると、小さな声で何か言ったのが聞こえた。何かという所までは聞こえなかったが、彼女が唇を動かし言葉を発したのは確かだ。
少しだけ近付いてそっと耳を傾けてみると、やっと言葉を聞けるようになる。
ふ、ファッキンライミー、って言ったよな今? え、言ったよな?
顔をひきつらせながら無理やり顔を逸らす。ラスティーさんの顔がマジ過ぎたせいかなんか、なんだかで寝違えたらしく、ぎぎぎ、と変な音がなった。いやきっと寝違えたに違いない。
「すいません、呼ばれたので行きますね」
「気を付けてね」
「この声の持ち主によろしく伝えておけ」
ラスティーさんのやけにドスの利いた声で見送られ、星乃ちゃんは難無く教室から出て行った。
それを追ってすぐさま扉に近づき通ろうとするが、再び見えない壁にぶつかった。一体どういう原理になってるんだ。
「開かないな」
「そうだね」
畜生あたしはもうほどほどに出たい。ラスティーさんと一緒でもいいけど、あんまり待たせすぎると手が疲れちゃうんだよキーボード打てなくなっちゃうんだよ。締切日にそんな状態になるわけにはいかないんだ。
あたしは扉なのか壁なのかよくわからない空間に頬ずりしながらしゃがみ込んだ。ぐぎゅるる、と腹部からなにかの鳴き声のような音がする。
おなか減った。
「腹が減った」
「……聞こえました?」
後ろから思ってる事と同じ言葉が聞こえた。どうやらあたしたちは案外窮地に立っているらしい。
このままでは、別の問題も発生してしまいそうだ。
「お腹減った……」
「もう言うな」
ぐったりとして力が出ない。両方とも口から吐く言葉は少ないが、腹からでる言葉は多い。
予想外のピンチである。
そもそも、この状況自体が予想外なのだが。さらに上回るピンチである。
助けてと言いながらあんこのたっぷり入った怪物パンの名前を呼んでも、脱出できないのである。
畜生来いよ。食べてやろうか。頭だけで来い。
「あなたは、稲妻のよぉおおにぃ」
「私のぉ、心を切り裂いたぁ」
……ん?机を三つくっつけその上で横にしていた体を起こす。今の声をもう一度聞こうと耳を澄ませた。
聞き覚えのある声。その声の持ち主が好きなアリスの冬の稲妻。そして知らない声とギターの音。
神原と誰かだった。
どうやらなんでか廊下を弾き語りながら歩いているらしく、少しずつ近付いて来る声とギター。ラスティーさんも気付いたようで、力無く座っていた体を少し起こした。
……なんで神原?それに、廊下に居るって事だよな?
そう考えるや否やあたしはまたべたりと透明な壁に張り付いて、奴とそれと一緒にいる誰かが来るのを待った。
ていうか何でギター弾き語ってんだよ。何で誰かと一緒なんだよ。頭食うぞ。
空腹でイライラしながら待っていると現れたのは。一曲歌い終わりチャンピオンを歌い始めた神原と、男の子か女の子かよくわからない少年だった。
「げぇっ」
「どうしたんですか、かんばうぎゃあああぁ!」
少年……よりは少し大きいか。中性的な顔つきの、声から判断するに男の子らしい少年がなんでか叫んだ。
あたしの顔がそんなに怖かったか貴様。どんな表情をしているかわからないが、目で神原に訴えかける。
食べ物を寄越せ。さもなくば貴様を食う。
「……ドーモマコトサン」
「来い神原」
顔をひきつらせながらも神原はとりあえず教室の中に入ってきたのだ。誰だかわからない少年を連れて。
「誰?」
「唯人君です。さっき俺の友人になりました」
「東雲唯人です。宜しくお願いします」
どうやら神原も唯人君とは音楽室で知り合ったらしい。状況的にはあたし達と一緒だ。
なんでギターでアリス熱唱してるんだ。
「ロマンだからですよ」
「マロン?」
ラスティーさんが反応した。どうやら相当に空腹らしい。あたしも一瞬マロンと間違えた。
唯人君の敬語キャラ、神原と若干被ってわかりにくいなぁ。
「アリス繋がりで仲良くなったんです」
「素晴らしい人ですよ神原さんは!」
「君は神原を誤解してふぐっ」
殴られた!自分より一回りは年の低そうな少年に殴られた!
思いがけなかった展開の所為で、あたしは殴られた頭の左側を抑えしゃがみこんだ。
どうやら彼はアリスの話題で異様に盛り上がった神原を尊敬の目で見てるらしい。なんでそんな軽々しく神原を尊敬するんだ。詐欺に遭いそうな少年である。
いや、殴られたから悪口言ったわけじゃないぞ!
あたしは大人なので、やり返すことはせず、少年に見えないように神原を殴っておいた。鳩尾狙って拳を突き刺すイメージというか突き刺した。
「神原なんか食べるもの持ってない?」
「そちらの女性に差し上げる物があったとしても貴方にはありませげふっ」
調子に乗るな。そう呟いて神原のポケットからカロリーをメイトする、口の中の水分が一気に無くなるあれを取り出した。真新しい箱を開けて、一つの袋をラスティーさんに渡す。
細い指が袋を裂いて、中のチョコ味を摘み一気に口に放り込んだ。どうやら見るに彼女は初メイトらしい。
口に含みすぎた所為で水分不足に陥り、整った眉が寄った。
「パサパサしているな」
「そういうもんだよ」
「味はそこそこだが食感は好めないな」
何度も咀嚼しながら、ふむふむ、と確認するように頷いて。神原があの美人さんは誰でしょうかと言うのを無視しながらあたしもカロリーなメイトを噛み砕く。
うん、水が欲しい。
「日本の梅干しの方が旨い」
「あ、それわかる」
結果ラスティーさんは腹は落ち着けどもあまり満足のいく食事ではなかったらしい。何故か唯人君もそれに賛成して。白米談義に花が咲き始めてしまった。
やめろ梅干しの話すんなお腹減る。
似た者同士だったのか両方が日本食愛好家だったのか、今たくあんの話の真っ最中の二人を見ながら、あたしはもう一つパサパサを口に入れた。
唯人君が輝いて見える。ラスティーさんは興味深々過ぎだろ。なめこのお味噌汁が食べたい。
「小僧、背中に紙切れが付いているぞ」
「え、俺ですか?」
ふと会話が途切れ、ラスティーさんに神原が突然指ささた。彼は眉を顰め背中を探る。
あたしも体を少しずらして見てみれば、さっきの二枚と比べてだいぶ小さい紙が。附箋ぐらいの大きさ。
そして中途半端な位置にいて、取るのはそこそこ大変そうだ。
しばらくの沈黙。唯人君もラスティーさんも、じっと神原を見てる。
かくゆうあたしも、神原の指先が紙を掠るのをじっと見ていた。あ、惜しい。
「何で見てるだけなんですか真琴さん!」
「しょうがないなぁ」
もう少し見てても良いがあまり変化もなくつまらないので、取ってやろうとした所で。ラスティーさんが腰を上げ、神原の背後に立った。
空に上げたまま手を制止させて見ていると、彼女は神原の肘辺りを優しく触った。
「甘ったれるな」
そう楽しそうに言って。彼女は無理やり腕を上に押し上げた。もちろん神原の手が無理矢理紙に届くように。
「ぐぁ、タンマタンマ! 待って下さい!」
「ほら、頑張れ。あと少しで届くではないか」
にたにたと腕を抑えるラスティーさんが相当に楽しそうだ。手慣れている。
それに神原も変な声を出しながら、必死に背中を探っていた。手慣れている。
ラスティーさんの楽しそうな笑みは、今まで誰に向けられていたのだろうか。笑顔は笑顔でも向けられたくはない笑顔だが。
それをじっと見ていた時だった。その笑顔の唯一笑っていない目と、あたしの目があった。なにか言っている。
その目があたしに言っている事は。……なるほど。
あたしは音をたてずに立ち上がり、そっと紙を取る。今神原の背広には何もついていない。
でも神原の手はただ背中のなにもないとこを掴もうとしているだけだった。
非常に滑稽な姿である。笑いを堪えるのに一苦労だ。
こっちはこっちで剥ぎ取った紙を見てみると、オレンジの文字で書かれた『あく』と短い縦線。
「どういう事ですかね?」
「あく、となんか書き途中みたいな」
「あれ!? 何見てるんですか真琴さん!」
「余所見してると変に捻るぞ」
いやいや貴女が捻るだけじゃなぎゃあああ! と悲鳴混じりの声を聞きながらあたしはひたすらあくから始まる言葉を唯人君と考えた。
アクシデント、アクセス、アクション……いや、ひらがなだからな。もしかしたらこの縦線も文字なのかもしれない。
数字の一? もしくは唯人君の言ったように書きかけたのか。い、け、し、に、は、ほ、ゆ、りぐらいだろうか。縦線が入りそうなひらがなは。
もしかしたら漢字かもしれないが、そんな所までわからないからな!
「そう言えば、俺もそんな紙持ってます」
「早く言えよ神原」
「なんで今日はそんなに冷たいんですか!」
「それって俺の背中にあったやつじゃ?」
なんだよ結局全員に着いてたんだ。お陰でどういう状況なのかさっぱりわからなくなったが。
ここにいたから付いてるのか、付いたからここにいるのかわからないけど。とりあえずすべての紙が揃ったのだろうか。
四枚の紙を見て。あたし達は「ああ」と声を揃える事になる。
あたしの背中に『この世界はあなた達の世界ではない』これはきっと説明文だろう。ラスティーさんの背中には『脱出せよ』これが多分課題。
神原の背中に『あく』と縦線。唯人君の背中には丸が下半分と『ゆ』。この二人が、ヒントだ。
ヒントの紙二枚を上手く重ねると、なんだこんなに簡単だったのか。
「改めて、東雲唯人です」
最初に行動を起こしたのは唯人君だった。ぎゅ、と手を握られる。二人にも同じ様に手を握り一度強く振る。相手と自分の繋がりを確認するように。
唯人君がにこりと笑って、また会えたらいいですね。真琴さん。と言い残した。
「ラスティーだ。真琴と神原にまた会える事を楽しみにしている」
長い髪がさらりと揺れる。お互いに手を握り合って、ラスティーさんの優しい笑顔と香りだけが残った。
「行っちゃいましたね」
「だね」
ぽつりと教室に二人。沈黙を遮るように鐘が鳴った。
神原と違って敬語が丁寧な唯人君に、ドSなのに優しい笑い方をするラスティーさん。ああ、星乃ちゃんにもちゃんと別れの言葉を掛ければよかったなぁ。
もしまた会えたら、今度は軽食ではなく、もっと美味しい和食を食べにいきたい。カラオケも良いかもしれない。
彼はきっとアリスを沢山歌ってくれるだろうし、彼女もみんなで楽しむのは好きだと思う。
「また会いたいね」
「こんな事態には遭いたくないですがね」
……黙れ。うまいこと言ったとか思うなよ。神原をごすりと殴った時にふと自分たちも同じ事をしないといけない事に気付く。
はぁ、とため息をついたら神原もそれに気付いた様で。
「さっさと帰りますよ」
「わかってるよ」
「今日は期日ですからね」
「わかっ……てないよ聞こえない」
てめぇ! とついに本性を表した神原の手を素早く握り、あたしはすぐに逃げた。
まばたきで世界が変わる。来たときと同じ様に、あたしはいつの間にか帰ってきてしまっていた。
勿論、その数時間後にはあたしの自宅で、アーサーが見てる中神原に捕まる事になる。
あの場所はまさにあたしのシャングリラだったのだ。
あくしゅで脱出せよ。と呟いた、どこかの四人。
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