気付くとオトされていた
学園内を、重装備でぶらついている。正直、早くうちに帰りたい。片手に抱えている装備は全て画材だ。うちに帰りたいと嘆きながら、なんで帰らないかというと、美術部の部活動があるからだ。
人物画という課題を出されて。
「あーあ、なんで人物画かなぁ・・・・・・」
もともと私が得意なのはイラスト系の絵で、写実的に描くのは苦手なのだ。……筋肉なら描けるけど。
溜息を校内にまき散らしながら、モデルになってくれる誰かを探す。今日は美術部員全員が校内でモデルを探している。
同じ学校の生徒をモデルに人物画を描こう! なんて、私にとっては避けたい事この上ないこの活動。どうやら毎年恒例のようで、考案者は末代まで祟ろう。
三年生の先輩方は手慣れていて、既にモデルを見つけて描き始めている。私と同じ二年生や一年生はまだモデルを探しているのか、校内で度々すれ違ってはお互いに苦笑いをして手を振った。声を掛けて話をする時間すら惜しい状態なのだ。
去年は上手いこと早く見つけたのに。今年はツイてない。
ついでに付け足すならば、美術部員同士はモデルにならない、というのが暗黙の了解で、さらに期限が今週中までと決まっている。
「もう嫌だ……」
早くうちに帰ってゆっくりしたい。
一際盛大な溜息を吐き出して、教室で残っている人は居ないかと自分の教室の扉を開けた。中には二人の男子が居た。一人は話したことの無い男子。
もう一方は私の幼馴染、というか腐れ縁かなにかで家が近くて、顔を見るのは正直飽きているトニーだった。
ああ。今日は本当にツイてない。
「なんや名前、そない道具持って、引っ越しか?」
「違うわ。 これは、まあ、いや、なんでもない」
これがトニーじゃなければ是非モデルにしたのに! 心の中でまた溜息。彼は昨年のモデルをやって貰っていた。別に同じ人でも構わないとは聞いてるのだが。
「なんや、もしかして前やってたやつ?」
「モデルの奴ね……」
モデル探しをしていた美術部を既に見かけていたのか、私が何をしているのか気付いたようで。もう決まったん? と首をかしげ聞いてくる。はははと乾いた笑いをしながら首を横に振れば、「大変やなぁ」と気を使って飴をくれた。ありがたい。
飴と一緒に、いらない事をキラキラとした笑顔で付け足したから顔を合わせたくなかったのだ。
「せやったら親分が「遠慮します」
「なんでやねん!」
「描きあがった私の絵に落書きしたのは誰かなぁ!?」
「俺がもっと芸術的にしたろって!」
そう、あれは昨年の人物画を描いたとき。彼はあろうことか私の絵に彼曰く、芸術……という名の落書きを付け足した。
それはそれは迷惑なこと他ならなかった。
だから私は昨年の二の舞を危惧して、こいつにだけは声を掛けたくなかったんだ。あの後、そのまま絵を出すわけにもいかず、泣きながら元の絵を写した私の苦労を知らないだろうお前!
「なら俺なんてどう?」
「……誰?」
いきなり後ろから現れた、長髪の男子がにっこりと笑いながら私の肩を抱いてきた。トニーの反応を見る限り彼の友達であることは理解できる。
だが隣にいる男子の顔には見覚えは無い。
「あれ、お兄さん君に話し掛けた事無かったっけ?」
「無いですね」
「お兄さん大失態だよ。君みたいな可愛い子に声掛けて無かったなんて!」
随分甘い言葉が口から出てくる人だな、誑しって奴かこいつ。つくづくツイてないなぁ。こういう、女の子を泣かしそうな奴は苦手だ。
こういう人にキャーキャー言ってる女子の考えがわからない。
「ええやん名前! フランシス格好ええし、描き易いんとちゃう?」
「うーん……この人が良いなら」
「もちろん! 可愛い女の子が困ってるなら、助けるのがお兄さんの仕事さ」
背に腹は変えられない。という奴だろうか。普段はあまり関わりを持ちたくは無いタイプだが、この人の他にやってくれる人を探すのはまた骨が折れる。
もしかしたら話してみれば面白い人かもしれないし、という考えで私は頷いた。
これが間違いだったかもしれない。
「名前ちゃんって、トニーと付き合ってるの?」
「違う」
「彼氏いる?」
「……いない」
「じゃあ俺と付き合わない?」
「っ、だが断る」
「冷たいなぁ。でもそんなところも可愛いよね」
やっぱり断ればよかった。
昨日から描き始めようと思っていたのだが、あの後すぐに部活動の時間が終わり、結局描けないまま一日が過ぎてしまった。
結局、翌日放課後に私の教室に残ってもらい、描くことになったのだ。
それで、今。何こいつ超ウザイ。
描いてる間にずっと話し掛けてくる。間違いなく遊ばれてると丸わかりな内容で。
遊ばれてるとわかっていても、どうしてもその言葉一つ一つに律儀に反応してしまう。
畜生絶対遊ばれてる!
さっさと書き上げてしまおうと手を急がせるが、苦手な人物画。どうしても早く書くことは出来なくて。一日三時間たっぷり使って早く終わっても、出来上がるのに三日はかかるだろう。
遅ければ五日かかるかも。あまり使いたく無い手だけど、写真を撮って家でも描いてこよう。
その後もずっと話しかけられたけど、いちいち反応してるのも癪に障って、無視することに決めた。最後に、頼むのが本当に悔しかったが家で続きを描く為に写真を撮った。
かなり悔しかったが。(二回目)
「名前ちゃんは好きな人とかいる?」
「別に」
「お兄さんのことどう思う?」
「知らない」
「連絡先教えて?」
「駄目です」
「えぇー! なんで? 俺名前ちゃんと電話とかしたいんだけど!」
「私はしたくない」
もう! 名前ちゃんの意地悪! と口を尖らせて文句を言うフランシスというこの男は。誑しなくせに顔はすごく良いからむかつくと思う。
ああもう他の女の子の所行けよ! って言っても私がお願いしてこうやってモデルやって貰ってるんだから言えない。
一昨日の私の馬鹿!!
それにしても昨日今日で三時間以上はずっと座り続けている彼がすごいと思う。
私は絵を描いてるからいいとして、人間動かないでただじっとしてるというのは辛い。そこらへんはちゃんと感謝しなければいけない。
その為にも早く描き上げてしまうのが彼にとっても私のとっても最善の行動だ。
あっという間に日が暮れて赤くなってきた教室の中で悶々と考えをめぐらせる。
……フランシスがこうやって何時間も我慢して座ってるのは、私のわがまま、だよね?本当は他の用事があるかもしれないのに、自己主張が強いようで本当は優しいの、かも?
「連絡先、交換しない?」
「いいの!? 名前ちゃん嫌だって言ってたでしょ?」
「いや、でも……あ、したくないならしない!」
「いや! するする!」
一度そう考えたら頭がぐるぐるしてきて、気付けば口から言葉が出てきていた。フランシスは嬉しそうに微笑みながら私の携帯と自分の携帯を合わせる。
送るから。とだけ言って自分の番号だけを押し付けて携帯をしまう。貰ったりは間違えてもしない。ちゃんと言葉にするが、私はフランシスの番号なんて欲しくないからだ。
その夜彼から律儀にもメールが来た。内容は思ったよりも短くて。
お疲れ様。明日クッキー焼いていくから楽しみにしててね。
だけだった。
甘い言葉やハートの絵文字なんかは使われていない。使われてても困るけど。つくづく変というか、誑しなのか優しいだけなのかわからなくなる奴だと思った。
今日はいつも使う鉛筆ではなく、絵の具を用意していた。今まで頑張った成果で、奇跡的に三日目で終わらせることが出来そうなのだ。
そうフランシスに言えば一瞬顔を曇らせて、その後すぐに頑張ったね、と頬を緩ませた。そのまま頭を撫でてきたが、私はそれに反応するよりもさっき見た、曇らせた表情が頭から離れなかった。
ちょっと待って。なんで顔を曇らせた?終わって清々するはずでしょ?
その後珍しく彼はずっと黙ったままで、私も話しかけられなかった。色塗りは小一時間で終わり、私はもやもやした気持ちのまま筆を置く。
やっと出来上がった人物画は苦手ながらも今までで一番上手く描けたという自信がある。終わった、という私の言葉にフランシスが反応した。
「上手いじゃない」
「ありがとう。フランシスのお陰だね」
「お礼を言われる程の事はしてないよ」
「三日も時間とってごめんね。やりたい事もあっただろうに」
何故か私たち2人の声のトーンは低い。居心地の悪い雰囲気。
なんでったって今日のフランシスはそんなに静かなんだろう。そう思えば、突然フランシスは話を切り出した。
「名前ちゃんは俺のことどう思ってる?」
今、その質問をするか普通。
さっきよりも増して微妙な雰囲気になって、逃げ出したい衝動に駆られる。以前も聞かれた質問の筈なのに、心臓がうるさいのは何故だろう。
「俺は名前のことが好きだよ」
「っは!?」
「遊びなんかじゃなく、本気で君のことが好き」
こんなの卑怯だ。
このタイミングで言われて、なんか、ずるい。
でも、これでオトされた。わけじゃないと、断言できる。
だって。
「私も好き、です」
とっくにオチていたのだ。
「私と付き合って下さい」
「それ、お兄さんの台詞だと思うんだけど」
はは、といつものように笑ったフランシスに大好き、と言えば俺もだよ、と囁きが帰ってきた。
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