7月7日までには忘れられるかな
私が分かっているのは最早これがデフレスパイラルでしかないというくだらないことだ。それがどうしたていうのだろうか、何の解決策もない改善の見込みもない。
今更、私が彼に何を言えるのか。顔向けすらできないと思っているのに。大阪に年に数度は行くことはあれど、彼に会うことは極力避けていた。
会う度に、彼の中の"私"が薄れていくのに安堵しているのに、寂しいと思っている私は、卑怯だ。
「……光くん」
突き放したのは私、遠ざけたのも私。でも、焦がれているのも確かに私なのだ。
アクセサリーボックスの中にぽつりと取り残されたままのカチューシャはメインの飾りを亡くし、味気ないまま転がっている。底にそうしたままにしているのも私のエゴ。
明後日、大阪に行かなければならない。憂鬱で、名古屋のホテルの窓から見える夜景が霞む。その代わり、携帯にぶら下がる黒猫のストラップがやけに存在を主張していた。
その時、赤のランプが点滅して着信を告げる。
「はい、もしもし?」
『あぁ、なまえか?久しぶりやなぁ』
「蔵……くん?」
あまりにもタイミングが良い彼からの着信は、彼の異名を思い出させるには十分過ぎるくらいで、思わず苦笑する。
「何、どうかしたの」
『明後日、大阪来るんやろ?どうせなら遊びたい思てん』
「んー……良いけどさ」
いくら彼を避けているとはいえ、あの頃の友人たちとの集まりには律義に出席してしまうものだから、完全に避けてはいなかった。
『あー、でも全員では無理やろな』
「それはそうじゃない、みんな色々とあるだろうし」
『まぁ、そらそうなんやけど。財前がな……』
「……光くん?」
この話題の振り方、本当に蔵くんはズルい。もしかすると、彼は全部気づいているのかもしれない。まるで確信犯だと私が被害妄想に耽る程に。
何でもないように答えた声が、震えていなかったか気になった。
『せや、あいつまた何か女とトラブった言うて府立病院入院中なんやて。何回目やろな、ホンマに』
「そう、なんだ……」
口振りからして、大したことはないようだけれど、背中に冷や汗が伝っていて私はその後の会話をあまり覚えてはいない。
「……バカみたい」
私はきっと、最低な人間。
***
ほんの少しだけ、心なしか右脇腹が痛むような気がする。もう五度目にもなれば慣れたようなものだけれども。
「……アンタのせいや」
あの日、あの人の頭から半ば強引に奪い取ったものに、虚しくも一人呟く。そして、あの人も俺から大事なものを奪っていった。つまりは、お互い様だ。
「いい加減認めろや、アホ」
簡単にこの手からは逃げていく癖に、物欲しそうな目で見てくるあの人が滑稽でならない。
「なまえ先輩」
黒い百合の造花と千切れた糸が嫌になるくらいアンタを思い出させる。まるで、呪いみたいに。
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