教室に姿が見えなかったので俺は聖石矢魔の図書室に向かった。ドアを開け中を見渡すと、一人だけ制服の違う男を見付ける。参考書を開き黙々と勉強している男は不良には決して見えない。最初から聖石矢魔の生徒ですと言われても頷いてしまいそうだ。
俺は黙ってその男、陣野かおるに近付いた。














「陣野」

図書室ということもあって、できるだけ静かな声で声をかける。勉強に集中していたからか、顔を上げた陣野は少し目を見開いた。

「姫川。・・・どうかしたのか?」

俺が声をかけた理由が全く分からないといった様子の相手に、内心イラついた。昨日のこと、覚えていないわけじゃないはずだ。そりゃ、俺の神崎への気持ちを知らないとはいえ、無関心すぎるのではないか。そう思ってしまう。
それでも、冷静な声音になるよう努めた。

「あぁ、昨日のことでちょっとな」
「・・・・・・そう言えば、そんなこともあったな」

そんなことって何だよ。思っても言葉にはしない。

「で、それがどうかしたのか?」
「いや、一応弁明しとこうと思って」
「・・・何をだ?」

陣野は本当に意味が分からないといった表情で俺を見る。俺だけ突っ立っているのもおかしいと思い、俺は向かいの椅子に座り話を続けた。

「俺と神崎、変な関係じゃねーから」
「・・・はぁ」
「一昨日泊まりに来たんだけどよ」
「あぁ、泊まりだったのか」
「おう」

俺は慎重に、何故神崎が俺のマンションに泊まったかを説明した。説明している間、陣野はこちらを見てはいるが、眉ひとつ動かさない。まるで無関心な態度に俺はむかっ腹が立ってきたが、表には出さず最後まで話した。






「なるほどな」

陣野はゆっくりと頷くとそれだけ呟いた。

「そうなんだよ。・・・だから、まぁ、変な誤解すんじゃねーぞ」
「誤解?するわけないだろう」
「・・・そうか」
「あぁ。それよりお前も大変だったな。・・・夏目と城山も過保護なものだ」
「確かに、あいつらは過保護だな」

そこには同意する。

「しかし・・・」
「あ?」
「何故、俺に話そうと思ったんだ?」

陣野の言葉に、俺は一瞬固まった。

「いや、一応・・・付き合ってるわけだし」
「お前は知ってるじゃないか。俺が暇つぶしで付き合ってることを」
「・・・そうだが」

多少の好奇心もないのか?気にもならないのか・・・?

「どうした?」

俺の様子に、陣野が訝しげな目線を向ける。俺は慌てて他の理由を探した。

「いや、それに・・・神崎が、な」
「ん?」
「神崎が、焦ってたから」
「・・・あぁ、なるほど」

一応事実だ。あの後の神崎は元気がなく、精神的にも不安定だった。見ていてかわいそうになるくらいだ。陣野のことになると、あいつは本当に苦しそうな顔をする。
陣野も納得したのか、一旦参考書を閉じた。どうやら俺と話す気になったらしい。

「確かに、電話でもどもってたな」
「だろ」
「あいつは、時々変に挙動不審になるからな」
「・・・・・・そうだな」

お前に関してだけだよ。
そう心の中で毒づいた。それに気付いてないんだろうか、目の前の男は。それとも、気付いていてこの態度なのか。どっちもありそうで、俺は舌打ちをしたい気分になった。

「お前にも、迷惑をかけたんじゃないか?」

迷惑なわけねーだろう。俺は、あいつをかまいたくて仕方ねーのに。それなのに・・・。

「いや・・・、そこまでじゃねーよ」
「そうか」
「・・・ところで、昨日は何の用事だったんだ?」
「あぁ、少し暇な時間ができてな。気紛れに神崎に電話しただけだ」
「・・・・・・へぇ」
「誰でも良かったからな。結局、庄次を呼んだ」
「・・・別に暇してたし、神崎待ってたら良かったのに」
「俺はお前のマンションがどこにあるか知らないからな。あの時俺のいる場所と離れていたなら、待ち時間が勿体ないだろう?」
「・・・・・・あっそ」

何とか、それだけ絞り出した。
分かってはいたが、神崎と陣野の温度差に改めて絶句した。神崎はあの電話に一喜一憂していたというのに、電話が一方的に切れてあれだけ落ち込んでいたというのに。陣野にしてみれば暇つぶしにもなってなかった。それを知ったら、神崎はどれだけのショックを受けるだろう。
本当に、ここに神崎が居なくて良かった。きっと今は教室で夏目と城山にかまわれている。

「まぁ、だが・・・」
「あ?」

突然陣野が含み笑いをしたので、どうしたのかと首を傾げる。

「あれだけ慌てた神崎は、けっこう珍しかった」
「ふうん」
「なかなかに、愉快だったな」
「・・・・・・っ」

その言葉に、俺は怒りで全身の毛が逆立つ思いだった。

愉快?愉快って何だ?
あの後、神崎は泣きそうな表情で始終そわそわしていた。陣野に嫌われたらという不安。俺の気持ちを知っているからこその罪悪感。それでも俺に迷惑をかけないよう、必死にいつも通りでいようとするあの姿。痛々しくて見ていられなかった。もう無理しなくていいと、何度抱き締めてやりたいと思ったことか。

怒りで頭に血が上る。陣野に気付かれていないだろうか。神崎のためにも、バレてはいけないと思う。だが、できるならこの男をぶん殴ってしまいたかった。
その衝動を抑えるため、ぐっと奥歯を噛みしめる。ゴリッと嫌な音がした。



「あれ程に狼狽えたあいつは初めてだったからな」
「へぇ」
「電話越しではなく、実際見たらもっと楽しめたんだろうな」
「・・・あー、そう」
「そういう点では、待つ価値くらいはあったのか」

ふむ、と一人納得した様子の男に、俺はもう何も返せなかった。だた、ぐるぐると胸の内でどす黒い感情が渦巻き溜まっていく。

こいつにとって、神崎はその程度の存在なんだろうか。友達としても敵としても、この扱いは酷いだろう。神崎はお前がそんな風に扱っていい奴じゃない。自分の物にする気もないくせに何でそうやって弄ぶんだ。
こんな奴が・・・本当に好きなのかよ?神崎。こいつはお前のこと、これっぽちも想ってねーんだぞ。俺だったら、こんな風にお前を弄んだりしないのに。お前を不安にさせたり、傷付けたりしないのに。俺は、お前をこんなにも想っているのに。

陣野への嫌悪感と、俺だったらという思いが交差する。






「・・・ま、話すこと話したし、俺はもう行くわ」
「ん?あぁ」

俺は立ち上がると、陣野の方も見ず図書館から出た。陣野もとくに引き留めることはない。
静かにドアを閉め、俺は大きく息を吐いた。

「・・・俺も、最低だよなぁ」


陣野のことを好きな神崎を、少しでも責めるなんて。心の中だと言っても、俺を見ろと強請るなんて。

「神崎に会わす顔もねーよ・・・」

一人項垂れながら、廊下を歩く。教室に行けば、神崎がいるだろう。もしかしたら放課後とかに結果やら陣野の様子を訊かれるかもしれない。それまでに頭を冷やしておきたかった。

「コーヒーでも飲むか」

自販機が目にとまり、俺は小銭を入れいつも飲んでいるブラックコーヒーのボタンを押した。












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