少し落ち着いてから教室に入ると、神崎は夏目達と雑誌を読んでいた。特に声もかけず、自分の席に座る。
「これね、こないだお店に売ってたんだよー」
「ふうん」
「神崎くんに似合いそうだな、って。ねぇ、城ちゃんもそう思わない?」
「ん?そうだな」
「そうかぁ?」
「うんうん!似合うって!・・・あ、今度買ってきてあげようか?」
「あ?別にいらねーよ」
「え〜」
「あ、神崎さん。こっちはどうですか?」
聞こえてくる話から、どうやら雑誌に載っているアクセサリーを見ているらしい。神崎の声音がいつも通りの物で安心する。
「つーか、別に今ネックレスとかいらねーし」
「そう?俺は欲しいのあるんだよねー」
「自分で買え」
「別に強請ってないよ!?」
そんなやり取りが聞こえ、俺の緊張も自然ととけていく。やっぱり神崎には元気でいて欲しい。隣にいるのが、俺じゃなくても。
俺は一回大きく深呼吸をし、神崎達に近付いた。
「何の話してんだ?」
「あ、姫ちゃん」
「姫川・・・」
神崎が少し緊張した様子を見せたが、俺がいつも通り話しかけると表情を和らげた。
「これ、雑誌の特集見てたんだよ」
「ふうん?」
夏目が差し出した雑誌を見る。そこそこの値段がするシルバーアクセの特集だった。シンプルなデザインだがどこか特徴的で、値段相応といった物だ。
「いいんじゃね?けっこう」
そう言うと、夏目がでしょ?と食い付く。
「でも、やっぱこのブランド高いよねぇ」
「あー?そうか?」
「そうだよ。ちょっと手は出しづらい感じ」
「はっ、貧乏人」
「俺ん家は一般的だって!」
睨む夏目を無視して雑誌を見る。たくさん載ってるアクセを見ていると、自然に神崎に似合う物を探してしまう。あぁ、これ似合いそうだな。・・・でも、いきなり買ったら変に思われるか?
顎に手を当てて考えていると、神崎が顔を覗き込んできた。上目遣いに心臓が跳ねる。
「何真剣に見てんだ?」
「は?・・・いや、別に」
「何だ、気に入った物でもあったのか」
城山にそう訊かれ、そうじゃないと首を振った。
「てか、姫ちゃんなら迷う動作すらしないでしょ」
「うっせーよ」
「ま、姫川だもんなぁ」
そう呟いた神崎を見る。笑っていて俺の口角も上がった。
「ま、欲しい物あったら恵んでやってもいいぜ?」
「えー、本当に?」
「ただし、それなりの働きをしてもらうがな」
「うっわ。姫ちゃんらしい・・・」
話をしていると、先公が入って来て俺達は自分の席に戻った。
放課後、陣野とのことをいつ神崎に話そうかと思っていたら、ふいにシャツを引っ張られた。振り返ると神崎が立っていて、俺は少し驚いた。教室には姿が見えなかったし、てっきり夏目達と帰ったんだと思っていたからだ。
「どうした?」
「いや・・・一緒に帰ろうかと」
「?」
神崎からそう言ってくることは初めてで、俺は思わず首を傾げた。
「・・・あ、あー。そうか、話か」
「え」
「・・・あいつのことだろ?」
陣野と話した内容が気になったんだろう。今日家に帰ってから電話でもしようと思ってたので、一緒に帰るという考えはなかった。
「んじゃ、歩きながら話すか」
「・・・あ、おう」
微妙な反応をする神崎を不思議に思いつつ、俺は鞄を掴んで教室を出た。
歩きながら話そうとは言ったが、正直どこからどこまで話していいか迷っていた。どうしたら神崎を傷付けることなく説明できるだろうか。・・・というか、全ての内容が神崎を傷付ける気がする。
陣野との会話を思い出し、俺は小さく舌打ちをした。
「姫川?」
「んー」
「・・・さっきから黙ってどうしたんだよ」
眉を顰めて、神崎が首を傾げた。
「いや、悪い。あいつとの話の内容だよな」
「お、おー・・・」
「話した感じでは、誤解はしてないみたいだったぜ。用事も、時間ができたからってだけで、大事な話とかじゃなかったらしい」
「そうか・・・」
「だから、神崎もそんな気にしなくていいと思うぞ」
「・・・おう、サンキュ」
そう言って頷いた神崎に俺はホッとすると同時に、小さく胸が痛んだ。
ほんの少しだけだが、陣野が言ったことを全て話してしまいたい。そう思ったからだ。話したら、きっと神崎は傷付くだろう。きっと泣く。陣野にも愛想を尽かすかもしれない。
そして、俺のことを・・・。
そんな風に、一瞬でも考えた自分が情けなかった。悪い、神崎。
「・・・おい、姫川?」
「あー、いや、何でもねぇ」
「・・・・・・」
軽く項垂れる俺をどう思ったのか、神崎は黙ってどこかへ走って行った。何だと思いその様子を見ていると、どうやら目的は自販機だったようだ。何だ、ヨーグルッチか?
神崎は小走りでこちらに戻ってくると、俺に無言で何かを押し付けた。
「? どうした」
「これ、やる・・・」
「は?」
渡された物を見れば、それは缶コーヒーだった。
「えーと・・・?」
「何か、元気ねーし・・・・・・って、いや!!その・・・礼だよ、礼!」
「・・・・・・おう」
慌てる神崎に、さんきゅと礼を返す。あ゛ー、ニヤけてないか心配だ。
冷静を取り繕って、缶コーヒーを開け口に含んだ。いつもは飲まない微糖の微かな甘味に、じんわりと胸が熱くなった気がした。
「ふうん、微糖も美味いな」
「あ?いつもは何飲んでんだ?・・・コーヒーはコーヒーだったよな?」
「そりゃあ、いつもはブラック一択だな」
「・・・ゲッ、一択かよ」
ブラックという単語に、神崎は嫌そうに眉をしかめた。・・・以前そのことで陣野と話したのを思い出したんだろうか。そう思ったが、いつも通りに訊ねる。
「何だ、その反応」
「よくあんな苦いの飲めんな」
「神崎は微糖派だっけ?ブラックだめなんだもんな」
「コーヒー自体あんま飲んだことねーよ。・・・微糖っていうか、カフェオレ?とかか?」
「・・・まぁ、好物がヨーグルッチだもんなぁ」
苦いのがダメなんだな。やっぱり甘党なのか?・・・カフェオレかぁ。
思わず笑うと、神崎が睨んで詰め寄ってくる。
「何笑ってんだよ!」
「いやー?神崎は子供舌なんだなぁ、って」
「あぁぁ!?」
「かわいいねぇ、ってこと。・・・前にもそう言ったでしょ」
そう言って軽く神崎を抱き寄せると、顔を真っ赤にして慌てだした。
「・・・な、なな、何・・・っ」
「慌て過ぎだろ」
思わず吹き出す。
「こ、ここどこだと思ってんだ!バカ野郎!」
「別に、今は俺達だけだろ」
確かにここは公道だが、今は俺と神崎だけだ。そんなに慌てなくてもと苦笑した。
「本当、お前は照れ屋だよなぁ」
「はぁ!?」
「一緒に居て飽きねーわ」
「・・・・・・っ」
そう顔を見ながら言うと、神崎はますます顔を赤く染め、何は言いたそうに口をパクパクとさせた。だが、言葉にならないのか、結局下を向いて黙ってしまった。舌打ちが聞こえて苦笑する。
「神崎、ありがとうな」
「・・・は?」
そう言うと、神崎は眉を顰めて俺を見上げた。
「何言ってんだ?お前」
「・・・いいから、受け取っておけよ」
「はぁ?・・・意味分かんねーぞ」
「それでも、だ」
「?」
訝しげに俺を見る神崎の頭を撫でながら、俺は思った。
お前が俺の汚い感情をどっかにやってくれる。俺は、お前のことでさえ責めようとしていたのに。
薄汚い感情も、どす黒い欲も綺麗に流してくれた。
本当に、お前と出会えてよかったよ。