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通りがかったのは偶然だった。たまたまいつも行く海までの行きがけに、一度見たら忘れない赤い髪を見た。

平日の砂浜は人通りが少ない。日も落ち始める午後ならともかく、こんなに早い時間だと尚更だ。自習時間のちょっとした息抜きのつもりで、海でも見に行こうと思ってバイクに跨っていた。人もひけた砂浜で、あの赤毛はよく目立った。

停めようと思ったのもほんの気まぐれだった。

「暇そうだな」

「うおおッ、おー…じいか、この天才を脅かすとは」

変わらないな、と笑った。でもオレ達と戦ったときより少し伸びている赤毛は、月日を物語っている。あのインターハイから、もう二週間経っていた。桜木があの試合で倒れるところを、俺も見ていた。

「怪我の具合は」
「リハビリも天才だからよ、フツーの予定より繰り上がりそうだと」

桜木が爛々と喜ぶのを後目に、俺は少し溜息が漏れそうになった。だとしたら、やはり、怪我の爪痕は浅いものではないらしい。症状から言って数ヶ月もあれば完治するらしいが、桜木がバスケットに傾倒して目覚しい成長を遂げたのも、そのたかだか数ヶ月だ。
ふう、と吐いた息には、少しの失望と、それから少しの寂しさを孕んでいた。その感情に気づいて初めて、自分が思うよりもバスケットマンとしての桜木花道のことを評価していたことに気づいた。

「どうだ?ずっと入れ込んでいたバスケットが出来なくなって」
「…イヤミじゃねーよな」
「ああ、もちろん」

桜木は俺の方を向いていた瞳を海に戻し、ぽつりと言った。

「この四ヶ月間、バスケは、俺のゼンブだった。だから…今は…何かこう、満たしてたもんがいきなりなくなった感じ」

「…」

「医者からバスケ、禁止されてるし。何もする事ねー、っつうか、したい事もわかんねー、っつうか」

三年間バスケ詰めで生活していた自分にとって、好感が持てる言葉だった。と同時に、今の自分とまったく同じ感情だ、と後ろめたい共感があった。

あのインターハイで、三年生の夏は終わった。高砂も、宮益も、俺も。バスケをしない自分と向き合わなければならない時間になってしまったのだ。
もちろん全国二位は嬉しいし、でも制覇できなかったことが悔しくないと言ったら嘘になるが、あの試合に思い残すところもない。全員が期待値以上の働きをした、最高のプレイだった。でも。

それでも、まだバスケットが大好きな自分に、まだコートにいたいと、またコートに立ちたいと、心の奥から糾弾されている心地だった。



一緒だ、と思った。桜木も、俺も。ただ一つ違うところは、桜木には『これから』があって、俺には『これまで』しかないこと。俺の高校生活のバスケットボールはもう終わってしまった。

桜木が砂浜に倒れ込む。

「…落ち着かねーんだよな。バスケしてねえと」
「うん」
「たまに、こんなことしてる場合じゃねーってムシャクシャすんだ」
「そうだな」

同意は、自分の感情の裏付けだった。

「どーしたらいいと思う」
桜木がこちらに視線だけ投げてよこす。

「誤魔化すしか、ないんだろうな。気持ちを」

「…ナニでだよ」

「…例えば、」
砂浜に寝転がる桜木の頬を撫でるように引き寄せる。
「こういうこととかな」

からかうだけのつもりだった。
「ん、」と桜木が、恥ずかしげに身をよじる。桜木の瞳は戸惑いや否定の色の中に、明らかに期待も揺れていた。
だから俺は、無意識に、桜木の唇に自分のそれを重ね合わせていた。男の唇に触れることなんて想像したこともなかったけれど、柔らかいな、と上の空に思った。



所在なげに桜木が瞳を開ける。桜木の顔に俺の影が差していて、それでようやく、自分が一瞬本気になっていたことに気づいた。

「…嫌だったか」

「…別に、嫌じゃねーよ。じいのこと、キライじゃねーし」

普通こういうことが嫌かどうかは行為の相手によるものではないと思ったが、元より桜木だし、とりあえず嫌がられてないことは素直に安堵した。「…おわりかよ」

「…もっとして欲しいのか?」

桜木に返事はない。でも、耳に少しずつ朱が点っているし、瞳はまだ揺れている。

そのとき俺は笑って、なかったことにすることもできたはずなのに、後から考えてみると、それに流されてしまった時点で俺も桜木に対して興奮していたんだと思う。

抱き寄せるようにもう一度重ね合って、お互いの温度を混ぜるみたいに唇をくっつけ合う。舌を中に入れると桜木は一瞬ぎくりと体を強ばらせたが、すぐに体を委ねて、切なげに俺の体にすがりついた。

状況に浮ついてまとまらない頭のまま、俺は桜木のことを愛おしく思っていた。離した唇から糸が引いている。






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