独白(あるいは自供)





…はい。ええ。迷ったのですか。…。うん。それを、探していると。…ふむ…。
残念ですが、その社なら随分前に壊されましたよ。ええ、あれは何百年前だったか…まあ貴方も、ここに来るまでの道のりで薄々気が付いていたでしょうが…。私としては完全に夜になってしまう前に麓まで下りることを勧めますが。何しろここは、何が出るか私も知りきってはいないものですから。
ええ。…。ふうん。それを、探しに来たと。それならば、私がそうです。…。…ええ。いえ、そうではなく。
私が、そうなのです。そのもの、とも言えましょう。…。…信じておられないようですね、まあそれも人間らしさというものでしょうか。…。私に。ええ。話くらいならば。

まずは。はい。いつから…いつからでしょうか。何分、長く生きているもので時間の感覚があまり無いのです。刹那を生きる人間と違い、私などの時間は永遠ですからね。まあ、こうして使者が来るということは、数百年は経ちましたか。…。はい。ふうん、随分目まぐるしいものですね。…ん。俗世。そうですね。「私」は本来そちらが役目ですから。
それほど時間が経ってなお、まだ聖闘士はアテナの為に戦っているのですね。…ああ。いや。懐かしい心地です。面映ゆいとも言えましょうか。あの時のことは、鮮明に覚えているものですから。それこそ、まるで人間としての一生を歩むような、そんなむず痒さがありました。
…うん。…ええ。…戻りませんよ。…私の一生は、もうあそこに置いてきましたから。今の私は、不動明王の化身としての私です。女神のことは信ずれど、もう私の聖闘士としての役目は終わりました。…。…。ふふ、強情ですね。…少し、誰かに似ている気がします。…。…思い出話ですか。
構いませんよ、どうせ昔のことですから。話したところで変わりはしないでしょうしね。

じゃあ、貴方の星座に免じて。ひとつ。私がいた時代の、射手座のことを。…ん。ああ、元は、天馬座だったのですよ。まあ彼が天馬座だった時、私は聖闘士ではありませんでしたが。
伝説…。ああ、そうですね。天馬座の伝説。神殺し、と呼ばれていました。…ん。そうですよ。…ふふ。
…。…そうですね、前提から話しましょうか。私は元々、反逆軍でした。というよりは、内部が拗れていたので、むしろアテナに就くものが反逆者と捉えられていた時代だったのですが…。…ええ、そうですね。とにかく、元は世界を滅ぼそうとしていました。ふふ。そう身構えずともよろしいですよ。
…マルス。懐かしい名です。軍神マルス、私の友でした。あの時彼も私も、この世界を信じることができませんでした。だからこそ、私があの聖衣を纏ったのですが。
…。射手座の男が元は天馬座という話はしましたね。その時代のアテナとは、幼馴染だったようです。尤も天馬座はアテナと共にあるというのが常のようですから、その運命も頷けるとも言えましょう。…。ええ、私がこの世界に価値を見出したことに、射手座の存在がなかったとは言えません。運命などというものを私は信じておりませんが、あの男とあの時代を共にしたことは、私にとって僥倖とも言えました。…。…えっ。…まあ、そういう考えもありますか。私としては頷きたく無いものですが。
同じ時代を共にして、彼が私に与えた印象は、希望でした。後から聞いた話ですが、彼も先代の射手座に対して同じような印象を抱いていたようですから、元来射手座というものはそのような存在が就くのかもしれませんね。貴方の時代の射手座がどうかは、私は知りませんが。
彼は私の目から見て、不思議なものを纏っていました。彼が抱えた因果のせいでしょうか、人間であるのにどこか現実から切り離されていて、少なくとも私が今まで永く人類を見てきた中でも、特異的な存在でした。彼から離れてやっと腑に落ちたことですが、彼も「選ばれた」存在でした。…さあ、それが何なのか、とにかくそうとしか言えないのですが。
…英雄…。ええ。そう言っても差し支えないでしょう。彼はあまりに大きすぎる因果と業を、その身に抱えていましたから。私にとってそれは、幾重にも連なった鎖のように見えました。
…。ああ。そうですね、では。人間としての彼は…普通でしたよ。ええ。正義を信じ、平和を望み、愛に殉じる、一人の人間でした。彼を彼として見たとき彼の大きさはあまりにも普遍的で、…ええ。高潔で、義に生きる、彼もまた、聖闘士の体現者でした。何も特別なところなどなく、どこまでも人間的でした。だからこそ私が力を貸すことにもなったのでしょう。
私が乙女座の衣を授かったとき、私はこの世に愛や正義というものが果たしてまだ存在するのか、甚だ疑問でした。一度マルスによって真にこの地球が滅びようとしたとき、一時は地球を守る為に手を貸しましたが、その時私はまだこの世界を守ると決断していたわけではありませんでした。その時代マルスの息子も聖闘士だったのですが…ん。ああ。何分、拗れていた時代でしたから。私が判断を下すまでマルスの息子を見守るという意図もありました。まあ事が終わった時には、彼の存在は結果としてマルスの…友の。忘れ形見になってしまったわけですが。
それから本当にこの地上に価値があるのか改めて見極めるため、聖闘士として女神の元に附いていたとき。射手座はいつも女神の横にいました。必然、私が女神を見ているとき、女神を傍で守る射手座のこともまた視ることになります。そしていつしか、彼そのものが女神の護りたいものの体現であることに気がつきました。それは愛とか情とかも孕んでいますが、もっと大きく、深い意味でのことだとわかったのは、私が女神と同じくひとではなかったからかもしれません。やがて私は女神を見ているというより、女神の周りに流れる色々な愛の流れを見るようになりました。その時すでに、私にはもはやこの地上に正しさなどないとは言えなくなっていました。私がそういった境地に至ったのは、やはり射手座の存在があってこそでした。彼の高潔な意志に、感化されたとも言えましょう。花が花であるように、彼は彼の意志に左右されず彼でありました。…哲学的ですか。そうですね、彼は私が聖闘士として生きた中でも、一番特別な存在でしたから。
私にこの地上の愛を、正しさがあることを、教えてくれたのは彼でした。この世界にまだ色があることを、私は彼を通して世界を見る事で初めて知りました。…ええ。…ん。…。
…そうですね、今思えば、あれが愛というものだったのかもしれません。当時は気づかなかったことですが、私が彼から与えられたものを思うと、あまりにも彼は私にとって特別でした。…そのことに気づいたのは、彼が没してから随分経ってしまったあとでしたが。
私自身思いも寄らぬことでしたが、今になってみると、あの聖域で過ごした日々は期せずして私に人としての暮らしを与えてくれました。神として願われることとは違う、ひとりとして求められること、ひとり分の居場所があるということは、私に神としてではない、柔らかく、温かい情も呼び起こしてくれました。だからこそ、当時は気がつかなかったのかもしれません。
だとするならば、今の私はもう死んでいるのと同じなのでしょう。こうして不動明王の化身として人類を見守ってはいますが、聖闘士としての一生はあの時代に置いてきました。彼がいたあの聖域に。
…。…ええ。だから女神を見守りこそすれ、またあの衣を纏う気にはなれません。
…話しすぎてしまいましたね。…ん。…。星矢。射手座の、星矢と言いました。…この名を口にするのも、随分と懐かしい心地です。
今の時代の女神によろしくお伝えください。聖闘士としてではありませんが、地上の危機には私も力をお貸ししましょう。それが私の、役目ですから。…。…そうですか、気づきませんでした。案外、恥ずかしいものですね。…。…ふふ。
それでは、貴方の御武運を願っています。次代の天馬座よ。







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