Nowhere





「…フドウ?」

陽の赤を帯びた円らな瞳が、私を覗き込んでいる。鈍く光を反射する聖衣の赤は、返り血だった。

「ぼうっとするなんてお前らしくないな」珍しいものを見た、と星矢は軽く笑ってみせた。

数瞬とはいえ、目を奪われていたことに私自身気がつかなかった。黄金の翼をはためかせ、戦場を翔ける星矢の姿は、まさしく神々しく。彼が伝説と謳われるのも頷けた。

「…何かあったか?」
何も答えない私を心配してか、星矢がこちらを伺う。

「…いえ。ただ…」
貴方が、あまりに美しく見えたから。私が今まで見てきたすべての中で、一等輝かしく。思うまま、そう言葉に出そうになって、口の動く前に開きかけた唇を噤んだ。伝わるとも思わなかったし、であれば彼を困らせるだけだ。

「…。…何でもありません。戻りましょうか、聖域へ」
「何だよ、はっきりしないな」

星矢は特に追求する事なく軽く流したため、私は密かに安堵した。何か問い詰められたら、今度こそ私が何を言うか、わかったものではなかったから。

足元には今討ち倒した敵兵がいくつも転がっていた。私たちはそれを、案ずる事なく進む。私の足元にも彼の足元にも、幾重の因果と亡骸が横たわっている。それでも、今だけは、同じ道を歩む。

時々ふと、こうして彼と横を歩いている事が、数奇に感じられる。彼に出会った事は偶然だったのか、あるいは。目を閉じて、私は答えのない惑いを打ち消す。
結局私は、彼の存在を、自分の感情を、何某かのせいにしたいだけなのだ。
しかし今はまだ、彼の存在に、あるいは私の在り方に。結論を出してしまいたくなかった。それに名前をつけてしまったらきっと、何かが変わってしまうような気がしたから。
はたして私は何から目を背けているのかもわからないまま、何事もなかったように帰路を往く。



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