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愁色ペリドット



聖域内部、大理石で造られた十二宮の長い石段。自宮へと戻る道すがら登りながら思考を巡らせる。
瞬の誕生日が近づいていた。神との聖戦も一段落ついたことだし、過去俺たちの体を蝕んでいた魔傷も今はないし、ということで久しぶりに一輝や氷河達も呼んで何か催したり、それが叶わずとも何か贈り物くらいは渡したいと考えているのだが、どうも上手いこと考えがまとまらない。沙織さんの時は当日は城戸財閥令嬢としてのパーティーがあったから、翌日に聖闘士を大勢呼んで盛大にやったけど、そんなに日も開いてないのにまた暇をもらうのも…沙織さんはきっと喜んで賛成するだろうけど、聖域の要となる黄金聖闘士としてどうなんだという気持ちもあるし、じゃあ贈り物でもと思っても今更何を渡せばいいのかもよくわからない。そもそも俺ってこういうの考えるの苦手だしなあ、と頭を抱えながらコツコツと黄金聖衣が階段を登る音だけが響き渡っている。インテグラの守護する双児宮を越え、紫龍不在の天秤宮も抜け…、そういえば次は、とピンと来る。

通過も兼ねて、処女宮へと入っていく。宮の主はいつものように石の上で座禅を組み、目を閉じて静かに瞑想していた。
「フドウ?」
「…星矢。」
視覚がなくとも、小宇宙で理解しているのだろう。フドウは目を閉じたまま答えた。
「通行なら私を介さずとも構いませんが…?」
「ああ、それもあるんだが。ほら、今って乙女座の時期だろ。お前の誕生日もそろそろかなーと思ってさ」
言うと、フドウは少し意外そうな顔をした。どうやら、フドウにとっても予想外のことだったようだ。
「誕生日…。あることにはありますが」
「いつだ?」
「ええと…日付の上では、一週間ほど前でしょうか。」
フドウは少し考えてから答えた。自分のことでありながら興味がなさそうな口振りだった。一週間前…と繰り返してから、まさか過ぎてるとは思わず、俺は多少びっくりする。
「過ぎてるじゃないか」
「ええ」
「他の聖闘士は知ってるのか?」
「いえ、知らないかと。私も久しぶりに思い出しました」
「…お前のことだろ?」
呆れて呟くと。フドウはさして気にもしていない様子で言葉を続ける。
「…私は不動明王の化身として生を得てから、人間を見守る間に永き時を過ごしました。今更一年の中の一日など、意味があったとしてそれは限りなく希薄なものです」
間違いなく、本心から言っていた。やはり神の化身である彼は俺や他の人間とは違った価値観があることを、改めてまざまざと意識する。フドウの言葉に、大きな、そして埋まることのない隔たりを感じた。同時に、微かな寂しさも。
「…日付は、過ぎたかもしれないが。何かないのか?欲しいものとか、したいこととか…」
「先程言ったことが全てです。今更他に欲する様な妄執は持ち合わせていません」
フドウはにべも無く、つらつらと述べる。だからってせっかく顔を突き合わせる仲なのに、おめでとうと言って終わりっていうのも素っ気なく感じる。特に態度の変わらないフドウを横目にううんと頭を悩ませてから、あ。と一つ思い当たる。
「温泉…日本の。行ったことあるか?」
「?いいえ…」
「瞬の誕生日に旅館の宿でも取ろうかと思っててさ。下見も兼ねて一緒に行かないか?」
慰安として日本の温泉宿を取る、っていうのも一つの案だった。それは二人用で取るつもりだけど、瞬一人で行ってもいいし一輝やジュネさんを誘ってもいいだろうと思って。もちろん二人や他の人の都合がつかなければ俺でもいいし。医者として世界を回っている瞬のことだから、きっと自分の身を憩う間もなくそちらに尽力しているんだろうということと、たまには日本が恋しくなるんじゃないかっていう見立ての下だった。自分の過ごした日本がたまに恋しくなるのは、俺だってそうだからだ。
「女神の許しさえ出れば私は構いませんが…。星矢はよろしいのですか?」
「お前の誕生日だろ。どうせ俺も行きたかったしさ」
微笑むと、フドウは未だ実感のないような顔をしていた。嫌なわけではなさそうなので、じゃあ近いうちに行くから用意しておいてくれと言い捨てて、処女宮を後にした。
そのまま人馬宮も通り越して、その足でアテナ神殿の沙織さんにフドウと二人分休暇を申し出ると、やはり彼女は嬉しそうに快諾した。








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