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その男は、私に刺さった棘だった。
あるいは突き詰めた希望はあのように尖った形をしているのかもしれない、それは全てを射抜くような鋭さで、そして悲しいほど優しかった。


初めて私が《それ》を見つけたのは、姉上の息子。エデンが産まれてすぐのこと。
可愛い甥の顔を見に、マルス様の屋敷を訪ねた時のこと。
屋敷を歩いていると、どこからか光の小宇宙を感じた。この麗しい闇の小宇宙に満ちた屋敷の中で、そんなものがどこから漂ってくるのかと、私は広大な屋敷を確かめてゆく。小宇宙を頼りにしてやがて屋敷の最も奥まで辿り着くと、重々しい扉があった。どうやらこの光の正体は、この扉の奥からやってきているようだった。
最奥の扉の向こうから漂ってくる闇の小宇宙は、この屋敷の中でも最も濃く、そして最も美しい闇であるという確信があった。同時に、その闇に紛れてなおその輝きを失わない光の存在は信じがたく、そしてそれは怒りさえ覚えそうなほど清らかだった。許してはならなかった。私はその扉を開ける。鍵はかかっていなかった。


扉を開けると、向こう側から感じたものとは段違いなほど濃く深い闇が私を包み込む。陶酔さえ感じるほどの芳醇な闇の小宇宙。そして、その中心に、その光の正体があった。

「…人?」

それは鎖で繋がれた人であった。いや、弱りきっているが神であろうか。それは発光するような神聖さを纏って、なおかつ透けていた。私が声を発してから、それはゆっくりと顔を上げて、私の目を見据えた。光を宿す瞳だった。

「来客とは、珍しいな」

語りかけるようにそれは意思を発する。それが声であるのか私にはわからなかったが、その口調は穏やかで、厳かで、清廉だった。

「貴方は?」
「今は名乗る名を持たない。お前は…マルスの関係者か?」
それは朗らかに微笑んでいる。どうやら存外友好的だ。

「マルス様とご関係が?」
「そんな大層なもんじゃないが…そうだな、敵であり、仲間でもある」

彼は説明しづらそうに言い淀む。しかしまあ、ここに繋がれているということはマルス様か姉上がそうしているということだ。衰弱しきったこの男を殺さずに、生かしておく意図があるということだ。意味はわからないにせよ、とりあえず今は何もしないほうがいいだろう。

「アモール。マルス様の妻であるメディアは私の姉上です。」

深々と一礼すると、目の前の男は軽く微笑んだ。

「妻がいたのか、あいつ」

懐かしむような微笑みだった。その時に、彼の厳かさとは裏腹に、彼がことのほか愛嬌のある顔立ちをしていることに気がついた。素直に述べるなら、悪くない顔立ちだと思った。

「アモール…だったな。あまりここには来ない方がいい。きっとマルスがいい顔をしないだろうからな」

マルスのことを、まるで友のように話すことに、私は些か驚きを覚えていた。彼の慈しむような眼差しに感化されてか、私は素直に彼の言うことを受け入れていた。光の存在を憎んでいる私が、その時はどうしてかわからないほど、彼を信用していた。
長い廊下を歩きながら、彼のことを少し考えたが、やがて私は打ち切るように彼のことを考えるのをやめた。眩いばかりの光を背負う彼のことなど、生まれた時から闇に生きる私に理解できるはずもなかった。









「アモール、アモールよ」
「何でしょうか、姉上」
「アモール、ああ、私の愛しい弟。あの扉に入りましたね」
「! ええ、光の小宇宙を感じ…」
「ならば中身は知っているでしょう。」
「ええ、多少会話を」
「! …そう、あれが、喋ったの。…ええ、いいわ。アモール」
「はい、姉上」
「あれを闇に落としなさい」
「…彼を…ですか?」
「ええ、あれは、私の計画の邪魔になります。できますね」
「…。…ええ、姉上のご命令とあらば。」
「いい子ね。期待していますよ、アモール」







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