神隠しにあった巫女


夜も更けて、少しは動きやすくなったかと思いきや、その夜の収穫は無し。鬼の匂いも音も気配も無く、一夜が過ぎ去り、わたし達もずるずると宿へと戻って来た。流石に徹夜は辛く、全員が疲れた顔で帰ってくると部屋に並んで顔を突き合わせた。

「それで、誰かそれっぽいの感じた……?」
「いや、まったく……。旅行者がさらわれたという話もあれば、元々住んでいた人もいなくなったらしいし、共通点が少なすぎる……」

 炭治郎が集めてきた情報を口にするが、それには疲労の色が見えていた。鼻が利くとはいえ、硫黄の香りが混ざる温泉街では本当に辛いだけだろう。禰豆子ちゃんがお兄さんを慰めるように頭を撫でている姿を見ていると、伊之助くんがため息をこぼす。

「そもそも人間が多すぎる。本気でここに鬼がいるのかよ……? 隊士四人も送り込むほどに」
「でも、実際は毎夜のことらしいぜ? ただ、昨日みたいに何もない日だってあるんじゃ……」

 善逸くんの言う通り、確かに毎夜起きるという割に、昨日は何も感じなかったのだ。一体何が原因なのかと考え込んでいると、部屋を控えめにノックされてわたし達は顔を上げた。

「はい」
「ああ、お客さん方は無事だったんだね、良かった。 若い女の子がいたから心配だったんだよ……」

 炭治郎が返事をすると、控えめに戸を開けて女将さんが入って来た。青ざめた表情がわたしを見ると、ほっと息をついたのが分かる。まさかとは思うが、わたしは炭治郎へと視線を向けて、小さく頷いた。意図に気付いてくれたのか、炭治郎は再び問いかける。

「何かあったんですか?」
「実は、神社の娘さんが昨夜から行方が分からないんだ。ここ最近起きてる神隠しかと思ったんだが……。お客さん、今朝帰って来ただろ? あの子のこと何か知らないかい?」
「その神社って、まさかあの……?」

 嫌な予感が的中しそうだ。わたし達は一斉に立ち上がると、女将さんに詰め寄った。
 女将さんの話によると、昼間にわたしと善逸くんが行った神社にはわたしと同じくらいの歳になった女の子がいるらしい。巫女として今度の祭りで神楽を踊る予定だった彼女は、昨夜から忽然と姿を消したという。わたし達は顔を見合わせて、すぐに飛び出した。

「ちぃっ! 昨日は何も感じなかったのかよ、お前もいたんだろ紋逸!」
「ま、まだ鬼だって決まったわけじゃないだろ!? そ、それに、何か感じてたら言うって!」
「でも、鬼が行動を始めるあの時間まであそこに居たら、もしかしたら……」

 わたしと善逸くんの心の中には後悔だけが募る。未来は予測できないとはいえ、わたし達は鬼殺隊であり、市民を鬼から守り鬼を滅殺するのが役目。だからこそ、今回の神隠しが本当に鬼だったとしたら、悔やんでも悔やみきれない。
 ぐっと拳を握りしめてとにかく現場へ向かう。巫女は一人で神楽の練習をしていたと言っていた。祭りが迫り、夜の方が気が安らぐからと周りの心配も聞かなかったらしい。
朝日に照らされた神楽殿に到着すると、昨日よりも人が増えていた。やはり巫女がいなくなったという騒ぎは、祭りが近いだけあって広がりも早かったようだ。炭治郎が神楽殿に近付いて鼻を軽く鳴らす。それをわたし達が見守っていると、町の人たちのざわめく声が聞こえてきた。

「おいおい、どうするんだよ。千歳ちゃんいないなんて……。やっぱり神隠しにあったのかな?」
「祭りの前に巫女をさらうなんて神様じゃないだろ。絶対に妖怪の仕業だ…っ! だから言ったんだ。夜に外に出るんじゃないって……!」
「どうするんだよ、もしあの子が見つからなかったら……」
「ああ、神楽の踊り手なんていない……。それに、踊れたとしても、神隠しにあった巫女の後釜なんて誰がやりたがるかってんだ」

 巫女を案ずる、というよりも今夜の祭りのことを心配する声の方が多いことに、わたしは嫌悪感を抱き悔しさから奥歯を噛み締めた。隣を見ると善逸くんも眉をしかめて、街の人たちへ侮蔑の視線を向けていた。そして何を思ったのか、彼は足先を祭りを心配する人達の方へと向けて歩き出す。

「あの、部外者が口を挟むのはどうかとは思うんですけど、心配……じゃないんですか? その子、祭りの為に練習していたんでしょう?」
「ああ? なんだお前その髪……。心配はしてる。だけどよ、今この町には神隠しっていう問題が発生していて、観光業の死活問題にも繋がってる。それを名物の神楽で繋ぎ止める予定だったんだ。だからこそ、あの子の存在は必要不可欠だったんだよ。俺達にとっても大問題なんだ」
「それはそうかもしれないけど、そんな代わりがいればなんとかなるみたいな言い方……っ」

 善逸くんの声から僅かな怒りを感じて、わたしは彼の羽織の袖を軽く引っ張った。彼がわたしの方を見て「鈴ちゃん……」と名前を呼ぶのに対し、大丈夫だと笑顔を浮かべて頷く。胸に手を置いて一拍置いてから、わたしは口を開いた。

「でしたら、わたしが神楽を舞います」
「はぁあっ!?」
「小さくても名のある神社の生まれです。傾向を教えて頂ければ、今夜までに完璧に踊って見せ―」
「ちょっ、ちょっ、待ったぁーーっ!!」

 身体が浮いたと思ったら、善逸くんに抱きかかえられて町人達から三尺ほど離れた場所へ移動させられていた。驚いて瞬きを繰り返していると、善逸くんは血走った目を見開いてわたしの肩をがくがく揺さぶってくる。

「しんっじられない! 今! たった今! 神隠しが起きたっていうんだよ!? それなのに踊るの!? 踊っちゃうの!? そりゃ確かに鈴ちゃんの舞は綺麗だけどさ! この世のものとは思えないくらい可憐で清らかで神秘的で見た人みんな惚れさせるくらい綺麗だけどさ! 俺だって見たいけどさ! はっ、もしかして死ぬ気!? 鈴ちゃん!」
「い、いや、死なないから。そして褒めてくれたのは嬉しいんだけど、一旦落ち着こう、とにかく落ち着こう」
「落ち着いていられるかーっ! 俺は嫌だからね!? 鈴ちゃんが神隠しにあっていなくなっちゃうなんて嫌だからねっ!」
「まず神隠しじゃないでしょ! わたし達は何しにここにきたのかな!? 善逸くん!」
「神隠しじゃなかったとしても、鈴ちゃんがいなくなるなんてやだぁあああっ!」

 嬉しいんだか、悲しいんだか。善逸くんが泣き叫び、必死に止めようとしてくるのにわたしは軽く頭を抱えた。経験上、この善逸くんを落ち着かせるのは非常に困難だ。というか、これ多分鬼だと思うんですけども……。わたし達、鬼殺隊だよね? 鬼殺隊だったよね……!?
 なんとか押さえこもうと考えていると、伊之助くんと炭治郎が戻って来た。伊之助くん、被り物してないから表情が分からないけど、すっごい呆れてる雰囲気がする。炭治郎もすっごい苦笑を浮かべてるじゃんか……。

「何があったんだ……?」
「炭治郎〜、伊之助く〜ん……」

 こっちが聞きたい。善逸くんの嘆きをどうにか止めてほしい。そんなわたしの縋る視線を感じてか、伊之助くんが善逸くんの羽織をぐいと引っ張り上げた。

「ぴーぴー泣くな! うっとうしい!」
「離せ伊之助ぇっ! 俺は、俺は……、鈴ちゃんに死んでほしくないんだよぉおっ!」
「え! 鈴、怪我でもしたのか!? 匂いからして血は出てないみたいだけど、死にそうなのか!?」
「誤解だから! 真に受けないで炭治郎!」

 天然が駄々っ子に巻き込まれようとしている。ちょっと待って。これじゃあ収集がつかないって。ほら、街の人たちだけじゃなくて観光客の皆様まで好奇の目で見てくるじゃないですか。わたしは慌てて炭治郎に事情を口早で説明すると漸く合点がいったのか、とりあえず善逸くんを羽交い絞めにしてわたしからべりっと剥がした。

「つまりは、いなくなった巫女さんの代わりに、鈴が踊るってことで間違いないか?」
「わたしはそうした方がいいと思うの。この街の為にもなると思うし、何より街の復興の為に頑張ろうとしていた巫女の子のことを考えると放っておけない」
「でも、神隠し……!」
「はい、善逸くんは黙っててください。それで、鬼の方はどう? 何か感じた?」

 一言で善逸くんを黙らせてから、わたしは改めて伊之助くんと炭治郎へ向き直った。二人は顔を見合わせると、こくりと頷き合う。

「間違いねぇヨ。あれ、鬼だ」
「巫女さんの匂いと一緒に鬼の匂いも混じってた。かなり人を食ってると思うから、間違いない」

 神妙な面持ちで話す二人に、わたしの心臓がきゅっと縮まる。感覚と嗅覚が優れた二人の答えならば間違いはない。昨日、あの場に留まっていればもしかしたら助けられたかもしれない。後悔はいつだって先には来てくれないのだ。悔やむ前に行動を起こすなら、やはりこれしかない。

「わたしやるよ」

 同期三人を見て、わたしはハッキリとそういった。絶対に、もう被害者は増やさない。そう心に決めて……。

_7/17
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