スタイナーの変化

オレ達の行く道を黒魔道士が遮っていくが、なんとか潜り抜けていく。
おっさんとビビが前に出て、ダガーにシズクを預けながら戦っては、また地下へと降りていく。

戦いが終わって再びシズクをおぶった瞬間、声が聞こえた。


「…ジ…タン……?」

「シズク!? 気が付いたのか!」


オレは思わずシズクの顔を覗き込む。
閉じられていた瞳がうっすらと開くが、その瞳の色にオレは違和感を感じた。


「(あれ…? 目の色が、黒…い……?)」


この世界に来て間も無くシズクの瞳はトランス状態のように桃色だった。
だが、今薄く開く瞳の色は、漆黒の闇の色になっている。

原理が分からずにオレは首を傾げていたが、再びシズクが目を閉じようとしているのに、体力が戻ってきてないのに気付いた。
とにかく早く安全な場所で休ませてやりたいと、オレは再び彼女を背負う。

再び走り出して暫くすると、いきなり鎧の音が聞こえなくなった。

立ち止まって振り返ると、やっぱりいない。


「あれ? スタイナーはどうした?」


ビビとダガーに問いかけるが、二人とも不思議に思って同じく振り返れば、歩いて此方に向かってくるスタイナーが見えた。

こんの忙しい時にこのおっさんは……ッ!



「おっさん! もたもたしないでくれよ!」

「自分は果たして、この場所にいても良いものであろうか?」


苛立ち交じりに言葉をぶつけたが、スタイナーは低めの声でぽつりとつぶやいた。


「どうしたんだよ? スタイナーのおっさん!」

「忠誠を誓ってきたブラネ様に刃を向けたベアトリクスと……、自らの仲間に殺されながらも、共闘して姫さまを守ろうとしてくれているフライヤ……。ブラネ様が本気で怒ってしまった以上、彼女たちの命を取りかねん!」


話していく内に低い声は徐々に力あるものへと変わって行く。
ずっと姫さま姫さまとダガーの後を追いかけていった時のスタイナーではなくなっていた。

オレは思わず驚いた目でスタイナーを見ると、おっさんは珍しくオレを真っ直ぐに見てくる。


「ジタン、おぬしに頼みがある!」

「な、何だい、あらたまって……」

「アレクサンドリアを無事に脱出し、姫さまをトット先生のもとへ送り届けてくれぬか? トット先生なら、この荒んだアレクサンドリアを救うための良い手立てを考えてくれるはずだ……。」


スタイナーがオレに頼みごとをするなんて初めてのことかもしれない。
だが、それでもこの石頭のおっさんが考えて考えて考え抜いた願いだ。

断る理由なんてない。


「わかったぜ! その心意気、オレが引き受けた!」

「ボクも頑張ってみる。」


オレとビビが頷いたのに、おっさんは今までにないくらい明るい笑顔を向けた。
すると、オレの背で再び意識を失おうとしているシズクが、再び瞳を開ける。


「スタイナー…さん……」

「シズク殿!?」

「これ…、渡す。役、立つ……」


シズクの言葉にオレは息をのんだ。

そうか…、やっぱりシズクは最初のころと同じで……

不思議そうに見つめてくるスタイナーに、オレはシズクがスタイナーに渡そうとしてるものを受け取っておっさんに手渡した。

手の中にあったのはローズクォーツの石。
おそらく、奴らが言っていた女神の涙というやつだろう。

スタイナーが手のひらに乗った石をじっと見つめていると、ダガーがそれを覗き込んだ。


「これ…、すごい魔力よ。ううん、魔力の塊って言ってもいいくらい。エーテルでは比べ物にならないくらい…」

「これは、シズクが流した涙の結晶だ。多分、これが原因でアレクサンドリアにさらわれてきたんだろ……」


強い魔力を放つその石をスタイナーに預ける。
それは、足止め役として残っている二人へ渡してほしいという意味なのだろう。

おっさんとは違い、魔力を使う二人の事を考えると確かに必要なものかもしれない。

スタイナーはシズクの意図を汲めば、ぎゅっと石を握りしめた。


「かたじけない…、シズク殿…。この詫びはいずれ必ず…!」


アレクサンドリアが起こした悲劇。
スタイナーは一度俯いてから、もう一度オレ達を見渡した。


「ジタン殿、ビビ殿、頼りにしているぞ! 姫さま、シズク殿、さらばです!」


そして、踵を返すとスタイナーは来た道を戻る。
上階で足止めをしてくれている二人の加勢に向かうために……
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