みっつめ
└九
「うわぁ!すごい…!」
通された大広間には、ざっと十人分ほどの食事が並んでいた。
「大したものでもないですが…どうぞ」
「女将さん…とっても美味しそう!」
煮物に天麩羅、焼き魚まである。
どう見たってご馳走だ。
『……これはこれは…』
さっきまでこめかみに青筋を浮かべていた薬売りさんも、何だか満足気だ。
私達が席につこうとすると、廊下からガヤガヤと声が聞こえる。
すると間もなく大広間の襖が開いた。
「ぎゃっ」
「おー今日も美味そうだなー!」
「ああ腹減った!」
廊下からぞろぞろと男の人たちが入ってくる。
しかも仕事上がりにひとっ風呂浴びましたと言わんばかりの褌姿で。
(ぎゃああああ!!)
声にならない悲鳴を上げながら慌てて目を逸らすと、そんな私を薬売りさんは冷めた表情で見ていた。
「…な、何ですか」
『……別に』
どうにも居た堪れない気持ちでいると、すぐに救いの声が舞い降りた。
「こら!あんた達!お客さんの前でみっともない!若いお嬢さんもいるんだよ!?」
「あ!そうだった!」
「いけねっ!」
女将さんの一声で、褌集団は蜘蛛の子を散らすように部屋を出て行った。
「…ったくもう、ごめんなさいね。普段は男衆ばかりだから…」
「い、いえ…びっくりした…」
『びっくりした?嬉しかったの間違いなんじゃないですか?』
「ええ!?そんな訳…いひゃいっ!」
薬売りさんは無表情のままぎゅうっと頬を抓る。
女将さんはポカンとそれを見た後、小さく笑った。
「ふふ、仲が良いんですね」
「あ…す、すみません…」
私はヒリヒリする頬をさすりながら、恥ずかしくてたまらなかった。
(…知らん顔してるし…!)
ぷいっとそっぽを向いてしまった薬売りさんにひっそり怒りを覚えながら、ふとちょっとした違和感を感じる。
(女将さん…?)
女将さんは薬売りさんの様子にまた小さく笑っている。
でも、その姿が何か……?
「……??」
胸に引っ掛かるものの正体がわからないまま、首を捻っていると。
「…あ、銀二さんお帰りなさい。今日もお疲れ様でした」
「あぁ、女将、今日は馳走になるよ」
そう言って誰かが部屋に入ってきた。
「あ…親方さん!」
「お、さっきの…本当に助かった、俺からも礼を言わせてくれ」
渋い雰囲気を纏った親方さん改め、銀二さんは薬売りさんに向かって深々と頭を下げる。
薬売りさんは『まぁまぁ』と顔を上げてもらうと、
『とは言え、応急処置ですから。見たところすぐに腫れは引きそうですが万が一、痛みが続くようなら医者へ診てもらってください』
てきぱきと指示をして、ニコリと笑った。
女将さんと銀二さんは、心底ホッとした表情を浮かべて再びお礼を繰り返す。
「あ!親方!お疲れ様です!」
「親方!お帰りなさい!」
そこに着替えてきた職人さんたちが戻ってきて、大広間は瞬く間に騒がしくなった。
「信介、足はどうだ?」
「はい!もう痛みもだいぶ引きました!明日は大丈夫そうです!」
「…そうか、無理すんなよ」
「はい!!」
銀二さんに声を掛けられた信介さんはちょっと照れ臭そうに、でも力強く頷く。
その姿は家族のようで、そして強い信頼で結ばれているようで。
「…いいですね、こういうの」
『……ふっ』
こっそり薬売りさんに言えば、彼も珍しく柔らかい瞳でみんなを見ていた。
そしてその視線を私に向けると、ポンッと頭を撫でる。
(……えへへっ)
ほかほかと胸が温かくなるのを感じながら、賑やかな夕餉が始まった。
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