ふたりぼっち | ナノ




ひとつめ
   └一



― 一ノ幕 ―

ざわっと音を立てて、少し湿った風が木々を揺らす。

ふと足を止めて見上げれば、生い茂る木の葉の隙間からどんよりとした空が見えた。




「…お天気悪いなぁ」



ぽつりと呟いた私を、藤色の瞳が振り返った。




『…ぼーっとしてないでサクサク歩きなさい』



彼は高下駄にも関わらず、足場の悪い山道を軽々進んでいった。

時折"ちりん"と涼やかな音を響かせながら…




「あ…薬売りさん!待ってください…!」




―私の名前は結。


そして私の前を歩いているのは、薬売りさん。

その名の通り、薬を売っている人だ。


でも、彼はもう一つ仕事があって…




『…早くしないとモノノ怪に喰われますよ』

「え…っ!?」



薬売りさんは、モノノ怪を斬る。

彼の言葉を借りれば、"あるべき姿に、あるべき場所に還す"らしい。



「い、いるんですか…!?」



薬売りさんの言葉に、思わずきょろきょろと辺りを見回した。

そんな私を見て、彼は小さく笑う。



『…モノノ怪より先に、雨が来ますよ』



そう言って空を見上げると、スッと私の方へ手を差し出した。




(あ………)



目の前に出された綺麗な指先に、トクンっと胸が鳴る。

緩んでしまいそうな頬を隠しながら、自分の手を重ねようとした時。



ポツッ


「ん?」




伸ばした手の甲に冷たい感触。




『…降ってきましたね』

「あー…」



二人して空を見上げれば、見事なまでの鉛色。

木の葉の隙間から、雨粒がパラパラと落ちくる。



『本降りになる前に行きますよ』

「あ、は、はい!」



薬売りさんはパッと私の手を取ると、少し足早に歩き出した。




(…でも…どこへ…?)



薬売りさんに手を引かれながらも、私はちょっとだけ不安になってくる。


だって、ここは鬱蒼とした山の中。

今歩いている道だって…道なのだろうか??


何となく出来た草木の隙間を、ただ闇雲に進んでるような気さえする。

こんな所、猟師か樵夫くらいしか通らないんじゃないだろうか…



「あ、あの薬売りさん?」

『…何です?』

「ここ、どこですか??」



私の問いかけに、薬売りさんは視線だけで振り返った。




(う……っ)



突き刺さるような、飛び切り冷えた視線で。

ビクッとしながらも、ふと嫌な考えが頭を過ぎる。



これは…まさか…


(ま、迷子になったんじゃ…?)


「いぃっ!?」

『…………』

「く、くすりうりひゃ…いひゃいれす!」

『なんか失礼な事を考えたでしょう?』



薬売りさんは私を睨みながら、ぎゅうっと頬を抓り上げた。

…いつもの事ながら、爪が刺さってる。



「ごめんなひゃいー!」

『…認めるんですね?失礼な事を考えていたと』

「う……」



薬売りさんの青筋がぴくりと痙攣した瞬間。



ザザァアアッ


「!?」

『!!』




急に桶でもひっくり返したように雨脚が強くなって来た。

冷たい雨が容赦なく私達を濡らしていく。




『…急ぎますよ』

「は、はい!」



ピンッと弾きながら私の頬から指を離すと、薬売りさんはギュッと手を繋ぎ直す。

髪からぽたぽた垂れる雫を拭いながら、私も彼に続いた。



山の獣道はとにかく足場が悪い。

慣れない山歩きに、濡れた草履。


そして悪い視界…



「…っ」



草履の鼻緒が擦れて、足にツキンと痛みが走る。




(…だめだめ、一休みなんてしてる場合じゃない…!)



とにかく今は早くどこかで雨宿りしないと。

私の手を引く薬売りさんの青い着物も、ぐっしょりと濡れてしまってる。



(…大丈夫、痛くない痛くない…)


「…ぶっ」



心の中で念仏のように痛みから気を逸らしていると、目の前に青い着物が飛び込んできた。

急に足を止めた薬売りさんの背中に、鼻から突っ込んでしまった。




「いたた…どうしたんで…」

『しっ』



薬売りさんは人差し指を唇に当てると、すぐに先の茂みに視線を戻した。

ただならぬ雰囲気に、私も鼻をさすりながら前を覗き込む。




「!?」



薬売りさんが睨み付けている茂みが、ガサガサと揺れている。

風で揺れている様子ではない…




『………』


私を背中に隠すようにして、薬売りさんはジッと茂みを睨み付けている。




(な、何か動物…!?それとも…)



薄暗い周囲の空気に飲まれて、ぶるっと震えが体を走る。

私は無意識に薬売りさんの帯を、ギュッと掴んでいた。



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