ふたつめ
└一
― 一ノ幕 ―
リー…リー…
闇夜に虫の音が響く。
もうすっかり肌寒くなった空気に、自分の肩を抱いた。
夜風が辺りの草を揺らして、何だか余計に物悲しい。
『…今日はここで休みましょう』
「ここ…ですか…?」
薬売りさんが足を止めて、私を振り返る。
彼が指差した先には、恐らく…というより確実に人の住んでいないボロボロの空き家があった。
すでに崩れた茅葺屋根からは、雑草がびょんびょんと飛び出して首を擡げている。
「………」
『…何か不満でも?』
「う………」
前に出た町から、もうしばらく歩き通しの薬売りさんは苛立ちと疲れが混じった視線を私に投げた。
『今日は力業が多くて疲れてるんですよ…野宿は御免です』
「で、ですよね」
ついさっき済ませてきたモノノ怪退治を思い出して、私もついつい頷いてしまう。
どうも今回のモノノ怪は、とっても図体が大きかったそうな。
薬売りさんの言葉を借りれば、その分愚鈍で楽ではあった…そうなのだが。
『あー…肩が凝った』
「そりゃ…あんな派手にぶん投げるから…」
いつもはモノノ怪退治のときは私はなるべく離れて隠れているように言われている。
しかしそんな私の頭上を、大きなモノノ怪らしき影が横切って。
(…!?)
『……ったく…』
元を辿ると、薬売りさんが肩をごきごき鳴らしながら舌打ちをしている姿を見た。
(…投げたんだ…ものすごく単純にぶん投げたんだ…)
そんなモノノ怪退治の様子を思い返していると、薬売りさんはぶすっとした顔で、ずいっと私の耳元に口を寄せる。
『……肩が痛い』
「へ…あ、はい…」
『ああぁぁ、肩が痛い肩が痛い肩が痛い肩が痛』
「わ、わかりました!揉みます、肩揉みしますから!!」
薬売りさんは満足そうにふんっと鼻を鳴らすと、さっさとボロ家に入っていった。
「お、おじゃましまーす…」
恐る恐る足を踏み入れれば。
みしっ
みしみしみしっ!!
(ひええええ…)
まるで家中が軋んだ様に悲鳴を上げる。
ふと天井を見上げれば、今にも落ちそうな梁が緊張感をさらに煽った。
『ま、夜風が防げるだけマシでしょう』
薬売りさんは事も無げに、ばきばきと音を立てながら進んでいく。
仄暗い空間に取り残されそうで、私は慌てて彼を追いかけた。
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