ふたりぼっち | ナノ




いつつめ
   └三十三



「夜中にふと目が覚めたら八重が居なくて…」

「そんな…心当たりは?」

「いや、何も…」



私は慌てて寝巻のまま離れに向かった。


部屋の中にはもちろん彼女の姿はない。

敷かれた布団の中で、渚ちゃんがすやすやと眠っていた。



(…渚ちゃんを置いていなくなる…?)



「和生さん、何か変わった様子はなかった?」

「い、いや…いつもと一緒だったように思うけど…」



暗闇でもわかるほどに彼の顔は青ざめている。

この様子だと、本当に青天の霹靂のようだ。


そもそも和生さんは女心の機微には疎いだろう。

でも、ここ数年、ずっと彼女だけと過ごしてきたのだ。


何かおかしな様子があれば、さすがに気づく。



「八重ちゃんが渚ちゃんを置いて消えるなんて…自分の意志ではありえないと思う」



私の言葉に、和生さんはギュッと唇を結んだ。

私自身、自分の言葉にゾッとした。



"じゃあ、誰かが?"



和生さんも私もその言葉が喉まで出掛かったが。


なんとなく二人とも口を噤む。

そうかも知れない、でもそんな事、あって欲しくない。


きっと彼の頭の中もそう考えていただろう。


その時、暗がりで何かが動く。




「…渚ちゃん!」



いつの間にか布団から抜け出した渚ちゃんは、よたよたと覚束ない足取りで歩いていく。


彼女の向かったのは海側の小さな通気口で。

微かに人魚岩の風音が聞こえていた。



「…渚、起こしちゃったか」

「………」

「ごめんな、もう寝ような」



お母さんがいないと気づいたら、渚ちゃんは泣き出すかもしれない。

和生さんは渚ちゃんを抱き上げようとそばに寄った。




「…かあしゃん」

「え?」



まだ舌足らずな言葉で、渚ちゃんは呟く。

その視線は通気口の外を覗いたまま。



「な、なぎ…」

「かあしゃん、海にいっちゃったの?」

「…!」

「かえっちゃったのねぇ」




振り返った渚ちゃんが、じっと和生さんを見つめた。

思わず和生さんと目を見合わせる。


でもお互いに小さく首を振るだけしかできない。




(ああ、この子は…)




さすがと言うべきなのだろうか。

生まれながらにして、自分の母の秘め事を感じ取っていたのだろうか。


そして、その絆から母の身に起こっている事がわかるのだろうか。




「渚…!」



和生さんは渚ちゃんをぎゅうっと抱きしめた。

そして小さい体に顔を押し付けて声を殺して泣いた。


そんな父に、どこか悟ったような瞳で、渚ちゃんは寄り添う。



(八重ちゃん…一体どこに…)




ひぃぃあああああ…



この風音は八重ちゃんの悲鳴だろうか、それとも涙を流さない渚ちゃんの心の叫びだろうか…

いつもより悲しく響くそれに、私はただただ胸が痛んだ。


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