ひとやすみ・こころしらず
└七
「…美津さん、朔さんには逢えたんですよね?」
そう呟いて触れた美津さんの肌は冷たくて。
紫に変色した唇は、もう彼女が喋ることはないと納得させるものだった。
でも、その表情が穏やかに見えたのは、また私の都合のいい幻想だろうか?
それでも、私はこの耳で確かに聴いたのだ。
桜の香り漂う風の中、消え入るほど小さな音だったけれど。
あれは確かに笛の音だった。
幸せそうで、楽しそうな…
桜色の音色だった。
きっと夜中に聞いたあの会話だって、夢じゃない。
(朔さんと美津さんは、再会できたんだ)
何十年もの時を超えて、いろんな出来事を越えて。
あの日果たされなかった約束は、やっと叶えられたんだ。
我は、美津を殺そうとしたのだ
(…違う、そんなんじゃない)
朔さんはあんな風に言っていたけど…
きっと美津さんと私は、それを認めないだろう。
…灰色の重く圧し掛る様な日々の中。
見えない檻に捕らえられて、抜け出せない。
もう自分が消えてしまったほうが楽なんじゃないかって。
もうこの世界から抜け出せないんじゃないかって、そんな絶望。
そこで見たひと欠片の光。
それがどんなに小さくても、例え救われなくても…
あの光を見つけた瞬間は、紛れもなく幸せなのだ。
(…その光の先が…どんなものでも…)
結果、自分の存在が消えてしまっても。
きっと…迷わず私も美津さんも、その光に手を伸ばす。
「………っ」
淡い月灯りが部屋に差し込む。
何だか自分の輪郭までぼやけてしまいそうで、ギュッと自分を抱きしめた。
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