ひとりじょうず | ナノ




第四章
   └十五



薬売りさんが視線だけを私に向ける。



「と、藤次さん」



私の声に、彼は私のほうをゆっくりと見た。





「…市子さんのためにお人形を作っていたんですよね?」

「………」

「市子さんは、嫁いだ後…ご主人と藤次さんの人形劇を見に行きたいって笑ってたんですよね?」




藤次さんは表情を歪めた。





「藤次さんは…思い描かなかったんですか?」

「え…?」



私は零れる涙をグッと拭った。




「…藤次さんの人形劇を、市子さんとご主人が笑顔で見る姿…」

「………っ」

「きっと市子さんの望んでいたのはそんな未来だったのに…」




だんだんと藤次さんの目が滲んでいく。





「それなのに…どうして殺しちゃったんですか…」



ちりりりんっ




私が言葉を切った瞬間。

藤次さんを囲んでいた天秤さんたちが一斉に向きを変えた。





「え…」





私のほうに向かって傾く天秤さん。

私は恐る恐る振り返った。





「…市子さん!」



そこには、ぼんやりと佇む市子さんの姿があった。


市子さんは私を見ると、少しだけ笑う。

そして、一筋の涙を流した。





「結さん…ごめんなさい…ありがとう」

「市子さん…」



市子さんはそのまま音も無く薬売りさんのほうへ向かう。

そして退魔の剣にそっと触れると、薬売りさんへ押し戻した。





「…私が連れて行きます」

『…………』



薬売りさんは一瞬目を見開くと、そのまま剣を受け取った。





『…では、お任せしましょうか』



市子さんは微笑むと、藤次さんの方へ向き直る。





「あ…い、市子…」

「兄様…」



市子さんはそのまま手を伸ばすと、そっと藤次さんに寄り添った。




「一緒に…行きましょう…」

「市子…」




藤次さんは穏やかな表情のまま目を閉じる。

そして二人の周りが仄かに揺らいだ。




「あ…っ」



いつの間にか出来た暗闇の穴に、段々と沈んでいく二人の姿。

市子さんはその腕にしっかりと藤次さんを抱いている。




「床下に…」

「え?」

「床下に、兄に手を掛けられた女の子達が…」



市子さんは悲しそうにそう言うと、ぎゅっと藤次さんを抱きしめた。





「本当に…愚かな兄様…」

「市子さん…!市子さんも…もしかして藤次さんを…」



私の問いかけに少しだけ目を細めると、二人の体は暗闇に完全に飲み込まれてしまった。





「あ…!」

『結』



薬売りさんが私の肩を掴んで制する。




「薬売りさん…」



縋るように搾り出した言葉に、薬売りさんは無言で首を振った。



さっきまであったはずの暗い穴は消え、もう二人の姿は無く…

部屋に差し込んだ夕陽が、市子さんの骸を優しく照らしていた。

終幕へ続く


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