ひとりじょうず | ナノ




第四章
   └十四



体中の熱が引いていく。



(どうして?だって私、彼女と話を…)



市子さんの可憐な笑顔が脳裏を過ぎる。




「ど、どうして…」


あんなに仲の良さそうな兄妹に見えたのに。





「ごめんなさい…」




呟くように言った言葉の意味は、こういう事だったのだろうか。




「市子は僕のものだ」






「う…っく…」



込み上げる涙で体が余計に震える。




(どうして…どうして…?)



やり切れない思いに、胸が痛かった。





『…結』



柔らかい声と共に視界が覆われた。





「あ…薬売りさ…っ」

『…もう見るんじゃありません』

「私…私…っ、市子さんと話をしたんです…」

『そうですか』

「市子さん、さっきまでちゃんと…」

『…幻、ですよ』




ふっと、髪に何かが触れた。

そのすぐ傍で薬売りさんの声が響く。




(あ…)


『悲しい幻を…見ただけです』



髪に唇の感触を覚えて、私はギュッと目を閉じた。





『…幻香だな』



薬売りさんの手がどけられて、藤次さんの姿がぼんやりと見える。




『結が生きている市子さんの姿を見たのはそのせいです』

「げ、幻香…」





この家の、独特な薫りのことだろうか。


藤次さんはまるで壊れた仕掛け人形のように、歪んだ笑みを漏らしていた。

周りに並んだ天秤さんたちが、全て藤次さんの方へと傾いている。





『…可愛い妹と言いながら…その未来を己が手で摘み取るとは…』



薬売りさんが退魔の剣に手をかけて立ち上がった。





『とんだ偏愛の兄貴だな』

「ふ、ふははは!あなたには見えないのか?市子の可愛い可愛い姿が!」



薬売りさんがちらりと市子さんの方を見た。





『生憎…哀れな亡骸と自欲に満ちた醜いお前の姿しか見えないな』



そう言うと唇の端を引き上げて、すっと手を上げた。

それに合わせる様に退魔の剣が空中に浮く。




『…結、目を閉じていなさい』




光り始めた退魔の剣。





(…斬るんだ…!)



「待ってください!」




私は咄嗟に声を上げていた。



15/24

[*前] [次#]

[目次]
[しおりを挟む]




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -